またこのパターン……。
言うが早いか、彼は自分の腕を引きちぎる。
「じゃあ、これ、あげる」
にっこり笑って、それを差し出す。
「……いいの?」
泣いていた少年が、涙を止めて、顔を上げる。
「いいよ。僕は、人間じゃないからさ。こんなのいくらでも生えるんだ」
化け物の顔と差し出された腕を交互に見て、人間の少年はおそるおそる手を伸ばす。
「重いから気を付けて……」
「う、うん……」
「要らなかったら、捨ててもいいし」
「要らないなんて……」
「要らなくなったら、ゴミだから」
「……」
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「とか言ってたのが、現実になるなんてなぁ」
ニヒルな笑みを浮かべて、化け物が言う。
見た目はあの頃と寸分違わず、若々しいままを保っている。
「そう言ってやるなよ。こいつだって随分役に立ってくれたんだから」
名残惜しそうにしながら、人間の青年が古い腕を見つめる。
「これを君がくれなきゃ、僕は今頃……」
” この世にいない―― “
そう言いかけた言の葉を寸でのところで、口の中に押し留める。
永い時を生きる友に、その言葉はご法度だ。まして、自らの腕を何の躊躇もなく、人間に与えるような“ 化け物 ”に。
「で、もう要らないわけだろ? いつまで、大事に抱えてんだよ」
「ちょっと待って。最後の挨拶してるところだから……」
「腕に?」
「そう。腕に」
「……ふぅん」
化け物は納得いかなそうな顔をしつつも、邪魔はしない。
人間の友を長年見てきた薬効で、人が妙なものを大切にするのには慣れたようだ。
「ありがとう。ずっと……そばにいてくれて」
胸に抱きしめた、もう動かなくなった“自分だったモノ”。
共に旅してきた日々が、自然とまぶたの裏に浮かんでは消える。
「もういいか。あんまり長いと……」
「うん。はい」
もらった時とは、反対に。
僕から君へ。“ 君だったモノ ”を、壊れないようにそっと渡す。
「ん」
言葉少なに応じて、化け物は左手に青い炎を生み出す。
「そんじゃ、おつかれさん。あの世でも達者でな~」
気軽に言って、右手に持った腕に青い炎を引火させる。
炎の先が触れた瞬間、腕だったものは一瞬にして黒焦げの灰になる。
パラパラと地面に落ちる灰が、青い炎に照らされて、キラキラと光る。
「……逝ったね」
「そう、だな」
「……んでさ」
「あぁ」
「これ……。こんなに散らかってさ……」
「うん……」
「どうすんの?」
「ほっとけばいいだろ」
一瞬の沈黙。
「それ、ダメじゃない?」
「灰、になったんだ。別に悪いもんじゃねぇし」
「うん……、そうなんだけど、そうじゃなくて」
「……人間世界のルール的に、問題なワケ?」
「ポイ捨て……。不法投棄……。懲役……」
「……」
化け物は改めて、地面に散らかる灰を眺める。
「……拾うか」
「そうだね」
言うが早いか、化け物は自分の服が汚れるのも気にせずしゃがみこむ。
「先に言え、とか言わないの?」
おそるおそるといったテイで、人間が聞く。
「言わない。思ってるけど」
「そう」
人間も、そっと化け物の後ろにしゃがみ込む。
……何故か、頬杖をつくような体勢で。
不穏な気配を感じて、振り返るも時すでに遅し。
「頑張ってね、拾うの」
「お前なぁ……」
長い付き合いになっても、本当にこういうところは変わらない。
胡乱な目をして、相棒の胡散臭い笑顔を眺める。
「ふふん」
「腕をやった恩義を忘れたわけじゃあるまいな?」
「腕? うーん、そうだね、ありがと。でも……もう灰になっちゃったから」
さも“ 君のせいだよ ”と言わんばかりの態度。何でも出来るくせに何にも出来ないムーブをかますその神経。
『これだから、人間の友人は……』
急に故郷が懐かしくなる。
故郷にいる時、こんな変な生き物はいなかった。
それなりに礼儀のある、少なくとも、落ちた灰を一緒に拾うくらいの気を回せる奴ばかりだった。
『これだから、こいつという人間は……』
きっと、こいつだけだ。こいつだけに違いない。
変に脅すようなことを言って、周囲を不安の渦に陥れ、本物の悪党を善人に変えてしまう。
純粋なる、人間という名前の、悪魔。
天使のような顔をして、やることは全て悪魔の所業。
「はー。分かった。俺が拾えばいいんだろ。燃やしたの俺だから。でも、お前は大人しくしてろよ? くれぐれも、邪魔は……」
きらーん。
おかしい。聞こえないはずの効果音が聞こえる。
俺はまだ、そんなに耄碌していないはず……。たとえ100年超生きていたとしても、まだ俺は若い括りのはずで……。
『フリ、なんだよね!?』
わくわくしている声がする。
ワクワクしてる、音がする。
『あー、もうマジで……』
これから来たる大波乱を予感して、俺の身体が先に脱力する。
言って聞くような相手じゃない。
『はいはい、了解。もうそれでいいよ』
こいつとつるむと決めた時から、波乱なんて日常茶飯事になると――とうに決まっていたんだから。
化け物「……俺の方が、人間だと思う。真っ当な、人間だと思う」
人間「え? 腕が無限に生えてくるのは、生物学上、そして医学上、人間じゃないよ?」
化け物「……事実だけで語りやがって」
人間「事実が大事って、家族が言ってた」
化け物「……化け物か」




