『軋む灯火』
自己同一性という概念がある。しかし、これを体現出来ている人は案外少ない。その時々に応じて、都合の良い自分に身を置き換える。そんな人たちの事を都会の無関心さと合わせて書いてみたつもりです。
Ⅰ 〜夢の残骸と影の存在〜
街は、朝の光を拒むように、砕けた夢の残骸を吐き出していた。
そのなかを、無数の足音が通りすぎてゆく。
私は、それらの音に混じって、いつしか自分の輪郭を失っていた。
ただ、誰かの眼差しに映る、淡い影として、そこに在った。
Ⅱ 〜灯火と声の侵入〜
電線のうえに吊るされた月は、青ざめていた。
それは、欲望の腐蝕に染まった灯火のように、夜の空に、静かに揺れていた。
私は、その灯火の下で、他人の言葉を、舌の裏で転がしていた。
それは、やがて誰かの声に変わり、私の喉から、夜の冷気に溶けていった。
Ⅲ 〜機械化された身体〜
「君は、実に都合がいいね」
その声は、私の皮膚を剥ぎ、骨の奥に、冷たい歯車を軋ませた。
私は、掌の上で軋む、沈黙の器具となる。
自己とは、通りすぎた風の痕跡にすぎない。
指を伸ばしても、空は、掌を拒む。
Ⅳ 〜問いと残骸の答え〜
そして私は、誰かの設計図に沿って、無音の軌道を、静かに廻りはじめる。
夜の底で、私は、声なき問いを沈める。
「私は、誰の夢を、生きているのか」
その答えは、街灯の下に、錆びて落ちていた。
誰にも拾われず、街の底で軋む歯車として。
読んでくださった方々、ありがとうございました。




