家を焼いた少女、国家を育てる
ティナ・ラグレインは貴族・ラグレイン家の養女である。だが、彼女はその家で、使用人にも劣る扱いを受けていた。
「どうして、こんな簡単な礼儀も身につけられないの?」
「まったく。やはり、平民の子を引き取るなんて間違いだったわ」
義母や義妹は日常的に彼女を嘲笑い、義父はただ無関心。唯一優しかった婚約者のリュカですら、次第に彼女に失望していった。
「……君は、俺の妻として恥ずかしくない振る舞いを覚えるべきだ」
無能と罵られ、傷つき、黙って耐える日々。そしてある日、家宝の壺が割れた事件をきっかけにすべてが崩れた。
「これは、ティナが壊しましたの!」
「そうよ!平民の子が触るから……!」
濡れ衣だった。しかし誰も、彼女の言葉を信じなかった。
その夜、ティナは物置に閉じ込められ、屋敷は突如、火に包まれる。彼女が逃げ出した時には、ラグレイン邸は灰燼に帰していた。火の原因は不明――だが、貴族社会は一斉にティナを指さした。
「平民の娘が、ついに家を焼いたぞ」
ティナは何も弁解せず、ただ夜の街を、ひとり歩き続けた。
数日、さまよった果て。ティナは森の奥深くで古代の遺跡に迷い込む。 苔むした石碑、崩れかけたアーチ、その中心にあったのは白銀に輝く魔導装置だった。
「……あたたかい」
手を添えた瞬間、光が彼女を包み込む。 膨大な知識、技術、言語、戦術、建築、そして帝国を築いた者たちの記憶が脳裏に流れ込んでいく。
「私、知ってる。これは……国を興す力」
彼女の中で何かが目覚めた。
もはや“役立たず”ではなかった。彼女は遺跡に眠る帝国の継承者として、力を手に入れたのだ。
ティナは遺跡周辺に住む貧しい村人たちに協力を仰いだ。 水源を整備し、農地に魔導灌漑を施し、村を囲む防壁を建設。 交易路を整え、隣国との中継地としての機能を確立。彼女が築いた新都市は“エルベナ”と呼ばれ、瞬く間に辺境の拠点へと発展した。
噂を聞いた民衆が次々と移住し、貴族や騎士たちすらもティナの下に加わっていく。 彼女の地は、もはや一介の村ではない。独自の通貨、法律、軍隊を持つ“国家”として認められる日も近かった。
一方、本家ラグレイン家は衰退し、義妹は嫁ぎ先から追い出され、義母は精神を病み、かつての婚約者は爵位を剥奪された。
ある日、ボロをまとった青年が“エルベナ”の王宮門を訪れた。
「ティナ……俺だ。リュカだ。俺が間違っていた。戻ってきてくれ」
ティナは黄金の王座から立ち上がり、静かに彼を見つめた。
「あなたの家が焼けた時、私は何も壊さなかった。けれど、私の中で何かが燃え尽きたの」
彼女はかつての婚約者に歩み寄り、そしてそっと背を向けた。
「この国は、あの日の私が燃やした灰の上に咲いた花。あなたに与えるものは、もうありません」
光の王国“エルベナ”は、かくして建国され、ティナは“建国の聖女”として歴史に名を刻む。
そして、誰もが知ることになる。 ──家を焼かれた少女が、国を育てたのだと。