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第28球 男の子だと思ってた? ⚾


「ごめんね、待った?」

「ううん、さっき来たばかりだよ」


 カエルのトイレがある公園で月を30分待っていたけど、それは内緒にしておく。


「子供の頃に私と交わした約束って、覚えてないんだよね?」

「うん、残念だけど」


 ブランコが2つあって、ふたりともブランコに乗って、ゆっくりと漕ぎ出す。


「どうして野球を始めたか覚えてる?」

「それは……」


 小さい頃、父親とキャッチボールをした時のボールがミットに収まる感触がとても心地よかったから。


「本当にそれだけ?」


 どういうこと? 

 僕が野球を始めたきっかけは父親とキャッチボールをしたから……いや、ちょっと待って。


 父に子ども向けのグラブを買うようにせがんだのには理由があった。そういえば、ここで一緒に遊んでいた近所のカッコいいお兄ちゃんにグラブを見せてもらったから欲しくなったんだ。


「カッコいいお兄ちゃん? あはっ、太陽って意外と面白いね」

「え、え、え?」


 月は笑いながら、だんだんとブランコを大きく漕ぎはじめて、思い切り遠くへ飛んで仕切りの鉄柵の上に見事に着地した。待って、この技知ってる……。


「カッコいいお兄ちゃん?」

「まあ、見てのとおり女の子だけどね」


 ──思い出した。


 子どもの頃に一緒に遊んだお兄ちゃん。

 月だったんだ。あの頃、僕は体が小さかったから、てっきり年上だと思ってた。


 月と小さい頃に遊んでいたカッコいいお兄ちゃんが同一人物だと知って、もう一つ思い出した。


「約束って、アメリカで活躍するっていう夢……」

「そうだよ、思い出した?」


 そうだ。

 幼い僕と月が交わした約束を思い出した。













「こうしえんに行きたいの?」

「うん、連れて行ってもらう約束だったけど、自分で行かないといけなくなったの」

「ふーん、じゃあ僕が連れてってあげる!」

「ちょあぁ!」

「いったぁぁ!? なにするの?」

「舐めないでちょーだい、甲子園くらい自分で行くから」

「そっか、じゃあ、一緒に行けないね……」

「そんなにどっかに一緒に行きたい?」

「うん!」

「それじゃあ、アメリカに行くのはどう?」

「あめりか? なんで?」

「昔、メジャーリーグで262安打を達成した日本人選手がいたんだ」


 今思えばイチロー選手のことだが、当時の僕は野球のことを全然知らなかったから、ただなんとなく月の話を聞いていた。


「だから、世界に名を残すような選手になりたいの」

「すごいね、がんばって」

「ちょあぁ!」

「いったぁぁ!? また、おでこにデコピンした」

「一緒に行くんでしょ?」

「僕も?」

「うん、でも、自分の力でついてくるんだよ?」

「わかった、僕がんばるよ!」

「約束だよ?」

「うん、まかせて、僕、ウソついたことないから」

「もう嘘ついてるし」

「でへへっ、でも約束は守るよ」


「じゃあさ、約束が守れたら…………」



 そっか。

 そんな約束をしていたんだった。


 だから僕は父親にグローブをおねだりして買ってもらったんだ。

 それにしても、約束が守れた後のことを月が何か言っていた気がするけど、その部分はちょっと曖昧で思い出せない。


「だから甲子園を目指してるんだ……」

「そうだよ、私だけ覚えてるの、ひどくない?」

「ごめん……月があのカッコいいお兄ちゃんだって知らなくて」

「それ! 私を男だと思ってたのも意外だったかなー?」


 むぅ、と頬をいっぱいに膨らませて抗議を受けた。


 あ、ダメ……可愛すぎて直視できない……。


「本当にごめんなさい」

「嘘だよ、怒ってないから」

「ホント?」

「うん、約束を忘れていた太陽へのちょっとした仕返しダヨーだ」


 あっかんべぇをされて、月は仕切りの柵から飛び降りた。


「僕、約束を守るよ」

「え?」

「守るって言っても、僕が決められることじゃないけど……」


 月はお兄さんが叶えられなかった甲子園に行く約束を果たそうとしていて、さらにその先にある遠い地を見ている。そんなカッコよくて強い女性と約束した僕が、多少の困難で立ち止まっている暇はない。


「まず月が甲子園に行くのを手伝う」


 監督として、月を甲子園に連れていく。彼女の2回戦までの成績は打率9割を超えている。ノーヒットノーランを達成した桜木さんや放っておくと盗塁を奪いまくる水那さまと同様、プロ野球のスカウトの目にも止まっているだろう。でも、まだまだ結果を残さないと、はるか先にある「目標」には手が届かない。


「その次に僕も甲子園に行く」

「そっか、そうだね」


 僕の言いたいことが月に伝わった。






 ──2日後。


 今日の第3試合は、南関東地区の優勝候補と呼び声が高い晩稲田実業高校との対戦。新庄さら主将が率いる強力打線に加え、今年注目のスーパールーキー、怪物打者と呼ばれている苗代結都莉と高速で落ちるスライダーと全国クラスの剛速球が武器の藤川球子がいる。練習試合の時点では知らなかったが、このふたりが加わった晩稲田実業高校は昨年全国準々決勝で敗れてしまった雪辱を果たせる実力があると期待されている。


「今日は正々堂々、戦いましょうぞ」

「あ、はい、よろしくお願いします」


 球場の入り口で、対戦相手の晩稲田高校と鉢合わせた。

 

 ──晩稲高校主将新庄さら。


 彼女が手を差し出してきたので握手を交わしたが、男の人……しかもかなり鍛えている人と握手をした感触に似ている。見た目はスリムだが、実際は筋肉質な体をしていると思う。 


「またボコボコにしてやる」

「バーカ、今日はフルメンバーだし。お前らには絶対負けねー」


 隣では火華と藤川球子がバチバチとやっているが、誰も止める様子はない。


「そういえば、一つ言い忘れておりましたぞ」


 挨拶を終えて互いのロッカールームに向かおうとした時、新庄主将が振り返ったので、僕と西主将もつられて振り返った。


「貴殿の采配は敵ながら天晴(あっぱれ)。誰も貴殿を軽んじることはできない」

「あ、ありがとうございます」


 相手チームにまで励まされちゃった。


 でも、大丈夫です。

 僕はもう逃げないし、二度とあきらめないから……。








「皆さん、こんにちは! いよいよ今日は待ちに待った全国女子高等野球選手権大会南関東地区予選3回戦、T都晩稲田実業高校とK県九家学院高校の試合をお届けいたします。実況は私、小森が担当し、解説には元書売(かきうり)タイニーズで長年捕手を務めていました宇部慎太郎さんに来てもらっています。宇部さん、今日はよろしくお願いします」

「よろしくお願いします」


 宇部は先日、球界の知人の紹介で記者から九家学院高校の高校生監督に取材を受けた際、監督という責任ある立場で振る采配の難しさを説明し、困難を乗り越えて頑張ってほしいと話した。だが、まさか、話した内容から大きく逸れたものを記事にされるとは思ってもいなかった。


 そのため、九家学院高校の試合をこの目で見て解説することで、すこしでも罪滅ぼしをしようと、半ば無理やりTV局に掛け合い、解説をすることになった。


 幸運なことに、今日はあの男子高校生が再び指揮を執るようなので見ものだ。宇部自身、甲子園での貴重な経験が、プロの世界に行っても頑張る力になっていた。


 実況の小森さんによると、まず晩稲田実業高校のエース、1年生の藤川選手。彼女は1回戦で素晴らしい投球を見せており、特に縦スライダーが切れ味抜群だったらしい。打者を翻弄し、無失点で抑えたので今日の投球には注目が集まっているそうだ。さらに打線も好調で、特に4番の新庄選手と5番の苗代選手は、ここまでふたり合わせて2試合で本塁打を5本も打っており、チームの2大主砲として期待されているとのこと。


 一方、九家学院高校の先発ピッチャーは控えの源選手。彼女も縦スライダーを武器に1回戦は無失点に抑えている。本当は俊足の選手だが、彼女が晩稲田高校の強打者たちをどう抑えるのかが気になるところ。また、九家学院高校の打線も侮れなくて、特に3番の天花寺選手の出塁率が非常に高く、彼女の前にランナーを出すと先制点を許す可能性がきわめて高いらしい。


 両チームの戦力を見ていると、非常に拮抗した試合になることが予想されそうだ。これまでの試合でも、両校ともに大差をつけて勝ち上がってきた実績があるため、どちらが先に流れを掴むかが勝負のカギになると小森さんがマイクに向けて話している。





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