第26球 初戦⚾
どんよりとした曇り空の下、全国高等学校女子硬式野球選手権大会の予選が始まった。
7月中旬、まだ梅雨が明けしていない関東地方では、連日大雨が降り続いていて、予選が数日遅れるかもしれないと思っていたが、予定通りに始まった。
南関東予選は、準々決勝までは3つの球場で行われ、各都県の県営もしくは市営の球場で試合が行われる。
1回戦は県立八十八高校。T県の公立の高校で、対戦が決まってはじめて名前を知った。
バスから降りた僕ら九家学院ナインは曇り空にもかかわらず、球場には多くの人が足を運んでいる姿をみた。
僕たち九家学院高校は予選初日の第5試合とその日の最後の試合に出るため、わざわざ九家学院高校の試合を見に来た観客が多いようだ。
実はこれには理由がある
2か月以上も前に三ツ目夢寐が野球部に入ってから、毎日のように動画をアップした結果、九家学院高校女子野球部のファンが急増したのが原因だと思われる。
まだ前の試合が終わっていないため、選手控室ではなく会議室に案内された。ミーティング前にトイレに行こうとしたら事件が起きた。
「なんだとー、もう1回言ってみろ!」
「偽アイドルの高校なんて雑魚っぽいって言っただけじゃん」
トイレの前の廊下で相手校の選手たちとにらみ合う火華。
「ほら、アンタの後ろにいる天花寺って子、見た目だけで野球できないでしょ?」
「バーカ、月にかかればお前らなんて、ボッコボコだっちゅーの」
「火華、やめよ?」
「だって、月、コイツらが……」
相手校の嘲笑に耐えられない火華。月がなだめているが、怒りが収まらないみたい。
「私は野球を真剣にやっています。野球部なら試合で語りましょう」
「試合で語る? すこし可愛いからってエっラそうに!」
会話になってない……。完全に妬みというヤツ。僕が話をつけたいところだけど、女性特有の修羅の世界に僕みたいな小動物が迷い込んだら、一瞬で食い殺されてしまいそう。
水那さまと桜木さんがいなくて本当によかった。もしこの場にいたら何が起こるかわかったものではない。
彼女たちが、九家学院を見下しているのは、SNSでの人気とは別の理由がある。それは、練習の様子をSNSに流さないように夢寐に話していたから。
大会前に自分たちの手の内を見せるような愚かな真似はどこの高校もやらない。練習の合間の休憩時間にグラウンドの近くであくまでチームが和気あいあいと談笑している姿しか撮影、配信していない。そのため、九家学院の実力を知っているのは限られた高校だけになっている。
「九家学院、アンタたちを試合で絶対に泣かせてやるから」
「はい、こっちのセリフ~。全員、尻ポケットにハンカチ用意しとけ!」
「そこまでよ!」
相手チームの主将らしき人が、トイレから出てきて、火華と口論していた女子たちに注意した。雰囲気がピリッとしている。さすが相手校の主将だけある。
「ウチの部員が試合前にごめんなさい」
「いえ」
「でも……」
頭を下げる相手校の主将に月が返事をしたが、頭を上げた主将は冷たい眼差しで月を見た。
「こちらが勝つのは事実です」
「そうですか、でも私たちも負けるつもりはありません」
うわー、こっちはこっちで怖い。
静かににらみ合うなんて、僕がやったら0.1秒で目をそらしてあやまってしまいそう。
それにしても、いつも試合前になにか問題が起きるのって、うちのチームメンバーが喧嘩っ早いからかもしれない。
「先発は、予定通り源さんで行きます」
大会中だけ、僕が監督をやることになった。大会には選手の他に監督、責任教師である野球部長、記録員のそれぞれ1名しかベンチに入れないから、現役の生徒でも監督をすることは可能なので、僕がその役を引き受けることにした。
記録員は時東さんにお願いする予定だったが、メンバーがギリギリなため、月が1年の同じクラスの子にお願いして大会中だけスコアラーになってもらった。細かいことがわからなければ、ベンチにいる時東さんに相談する形を取っているので問題ないと思う。
1回戦の相手は無名校。実力は未知数だけど、超過密日程の女子の大会だから、桜木さんはできるだけ温存しておきたい。
水那さまの他にも、場合によっては西主将にも投げてもらう予定。
ホームベースを挟んで両チームが整列して礼をする。相手チームの選手たちが月たち九家学院の選手たちを睨んでいるのが目に入る。
「アイツら、ガンつけてきやがった!」
「『いい気になるなブス』って言ってたね、誰のことかな?」
ベンチに戻ると火華が愚痴をこぼす。その言葉に反応して、水那さまも相手選手が小さな声で言っていた内容をみんなに話した。たぶん水那さまに言ったんだと思うけど、無理があるよね。こちらの見た目に文句をつける学校なんて全国探しても見つからないだろうから。そして、水那さまは当然のように自分にブスと言ったとは露とも思っていなさそう。
相手チームのピッチャーが投球練習をしている間、夢寐はネクストバッターサークルでちょっとウトウトしながらバットを抱えて何もせずに立っていた。それを見た八十八高校の選手たちの視線が怒りに満ちていて、向こうのベンチを直視するのが怖い。
目のやり場に困ったので、スコアボードに映っているスターティングメンバーを確認した。
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【九家学院:先攻】
1(一)三ツ目
2(二)ソルニット
3(遊)天花寺
4(三)林野
5(捕)西
6(DH)大門
7(左)安室
8(右)喜屋武
9(中)桜木
(投)源
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上位打線は打率を重視した順番にしている。水那さまがピッチャーをしているとはいえ、夢寐は月に次ぐ巧打者。塁に出る確率が高く、3番の月か4番の林野さん辺りでうまくいけば得点が期待できる。
林野さんを4番に据えたのは、亜土よりも林野さんの方が打者としての総合力が高かったという理由と亜土を6番にすることで残塁している選手を亜土が長打を打てば大量得点が期待できるため。
4月に始めたばかりの安室さんと喜屋武さんは、驚くほど上達した。もし来年、1年生に経験者がいても、そう簡単にはレギュラーを奪われないくらい成長した。
九家学院がすこし優勢に試合を進めると思っていたけど、こんなことが起こるなんて……。
5回の表が終わって、5回裏の八十八高校の攻撃。
17対0で九家学院高校が圧倒している……。
九家学院は初回から一挙に7点を奪い、水那さまの控え投手とは思えない好投もあって無失点で抑えつつ、回を重ねるごとに怖いぐらいに得点が増えていった。
5回の裏には、17点を取り返さないとコールドゲームになってしまうけど、さすがにそれは難しいと思う。
水那さまをベンチに休ませて、西主将にピッチャーをお願いした。キャッチャーは野球のルールに詳しい時東さんがマスクを被る。
火華とメインで口論をし、かつ水那さまにブスと言った女子が粘ってフォアボールで塁に出ると、唯一、水那さまから1本ヒットを打った相手主将が意地のツーベースヒットを放った。強気な相手女子が3塁を蹴るとレフトの安室さんの強肩でバックホームを試みたが、キャッチャー代行の時東さんがボールをうまく処理できず、1点を返されてしまった。
しかし、相手チームの反撃はここで終わり、17対1と大差でコールドゲームが決まった。
相手チームで、くやしがっているのは主将ただひとりだった。惜しいゲーム展開なら他のメンバーもくやしくもなるだろうが、圧倒的な点差では恥ずかしい思いをするだけ。落胆するよりも早くこの場を離れたいという気持ちが強いと思う。
火華が「やーい、負けてやんの」とトドメを刺さないかと心配だったが、この辺りはちゃんと分かっていて、相手に何も言わずにベンチに戻ってきた。
試合中、観客席では多くの人がスマホをかざしていた。だが、撮影はできてもSNSへの動画投稿は禁止されているため、大差で勝ってもそこまで話題になることもない。
──と、そう思っていた……。
「おにいさま、大変です!」
翌朝、妹の海に起こされた僕は、異様な事態になっていることに気がついた。
地元の新聞やテレビ、WEBニュースでも九家学院高校の1回戦突破が大々的に報じられていた。予選のたった1勝なのに、こんなに注目されるなんて異常としか言いようがない。
どんなに強豪校の有望な選手でも1回戦突破くらいじゃ記事にならない。たとえ載ったとしても、紙面の端っこに小さく扱われているのしか、これまで見たことがない。
次の2回戦まで1日空くから、練習しようと学校に行くと、目を疑うような光景が広がっていた。
「しっ、志良堂さん、た、助けて!」
西主将が校門前で、マスコミに囲まれている。今日は土曜日なので学校は休み。そのため部活をしている生徒以外はいないのが幸いだった。西主将がこちらを見て助けを求めると、マスコミの人たちが僕に向かって押し寄せてきた。




