第20球 練習試合⚾(晩稲田実業高校戦4)
7回表は9番の桜木さんから始まった。
同点で迎えた最終回、ここで点を取らないと引き分けか負けが確定する。
6回をなんとか乗り切ったが、桜木さんの体力はもう限界。7回の裏の守備では西主将がピッチャーを行い、代わりに林野さんがキャッチャーをする。サードに桜木さんか控えの時東さんが入るという変更がベストだと思う。
今のうちに少なくとも1点、贅沢を言えば2点は取っておきたいところ。
「フゥ……ヘボピッチャーはさっさとベンチで休んでろや!」
球子もついに疲れが見え始めた。
桜木さんに自慢の伸びのあるストレートを投げるが、伸びなくなってきている。コントロールも乱れており、桜木さんは1球も振ることなくフルカウントを迎えた。
「休むさ、もう一仕事終わったらねぇっ!」
桜木さんはバットを短く持ち替えて、コンパクトにボールを打った。三遊間を抜けてようやく塁に出た。
「じゃあボクも茉地クンに続こうかな?」
「っざけんな、お前はもう怖くないんだよっ!」
バントを警戒されている水那さまに打つ手はない。多少の前進守備だが、頭を越せるような前のめりなバントシフトは敷いていない。
──そう思っていた。
「さっき、面白いプレーを見せてもらったからね」
3回に球子がみせたバントからのヒッティングへ切り替える打法。示し合わせたように桜木さんも同時に2塁に向かって走り出した。
ボールを軽く小突くように打った。3塁側に浮いたボールはサードの頭を越えたが、ショートがカバーに間に合った。しかし、3塁ベースより奥でキャッチしたのが原因で、フィルダースチョイスした2塁の送球は、見切り発車した桜木さんの方がわずかに速かった。
バスターエンドラン。
ベンチからのサインなしで、桜木さんと水那さまの見事な連携プレー。
この勢いに乗りたいところだけど、火華はあっという間に追い込まれてしまった。
「くぅ~~~ッ」
ストレート抜きの3球とも縦スライダーを投げられ、火華が三振に倒れる。次のバッターはこれまで3打席3安打のヒット製造マシンと異名をもらってもおかしくない月。
「くそ、もう好きにしやがれ!」
3打席連続ヒットの怪物に球子はもうどうにでもなれと言わんばかりに渾身のストレートを投げた。すると、初めて月が打球を詰まらせて、ファースト方向に転がり、アウトになった。だが、ファーストがすかさず2塁に投げるもランナーが水那さまだったので、ギリギリセーフになりゲッツーを免れた。
「選手交代!」
桜木さんの体力は限界に達していた。
3塁のベース上でフラフラしている桜木さんを見て、交代を申告した。
代走には時東さんが入る。桜木さんがベンチに戻ると、冷たいタオルを顔にかぶせて息を切らしていた。
「コイツはヤベーからパス」
「了解」
4番の亜土がバッターボックスに立つ。
3回のホームランが衝撃的すぎたのか、晩稲田バッテリーは亜土を敬遠して空いている1塁へ歩かせた。
「4番を歩かせても、どうせ5番はモブキャラだから問題ねーし」
先週も含めると5回目の対戦。
相手バッテリーは4番ではなく、全然当たっていない5番で勝負することを選んだ。
林野さんは、無言でバットを構えている。
何度も馬鹿にされても、全然怒らない林野さんってすごい。
結果的には、完全に叩きのめされているけど、それでも林野さんの目には闘志が宿っている。
現在、3ボール1ストライクとボールが先行中。縦スラを連投してきているが、疲れのせいかコントロールがイマイチで、ボールが枠の外に出てしまっている。
次は確実にストレートが来る。
この場面では、さすがに歩かせたくないだろう。
塁が全て埋まっているから、林野さんを歩かせると、代走の時東さんが押し出されて1点が入る。
ここで1球ストライクが欲しいはずだから、林野さんが苦手としているコースを狙ってくるはず……。
やっぱり胸元へのストレート。そして、それは林野さんも予想していた。
しっかり捉えた打球はレフト奥のフェンスに直撃。3塁の時東さんと2塁の水那さまが、ホームベースを踏んで7対5で2点リードした。でも、1塁にいた亜土の足が遅くて、タイミング的にはツーベースヒットだったが、林野さんは2塁へ進めずランナーは1、2塁に留まった。
「よし!」
腕をすこし上げて誰にも気づかれないように小さくガッツポーズする林野さん。
すごいな、あんなに馬鹿にされたのに口で語らず、プレーで見返すなんて……。僕より全然漢気があると思う。
続く安室さんはサードゴロに倒れ、晩稲田実業の最後の攻撃に移った。
「大丈夫かな……」
7対5で迎えた7回裏。西主将にピッチャーを頼もうとしたら、なんと水那さまが自分がピッチャーをやりたいと言い出した。ピッチング練習なんて、ボークにならないようにルールを覚えたくらいで、投げ方も全然練習していないのに。
6番バッターから始まり、7番までを守備に助けられながらアウトを取れたが、8番バッターにレフトの奥まで運ばれてしまった。
「まさか、お前の球をスタンドに叩き込めるとはな」
「キャンキャンと鳴く子犬みたいでかわいい」
「うるせー、逆転ホームランでテメーの泣き顔を見てやらー」
「ホームランを打っても同点だけどね」
「いちいちウルセー。ぜったい打つ!?」
球子はピッチャーながら、これまでの回を見てると打撃センスも抜群だ。4番の苗代以外で、特に警戒すべきバッターである。
対する水那さまは、球速やコントロールは平均以上だが、まだ変化球を持っていない。桜木さんも水那さまも、教えた分だけ成長できるのはすごいと思う。ただひとつ練習試合までの時間が短かったのが残念だ。
2ボール2ストライクまでカウントが進んだ。
西主将のリードで水那さまはストライクを1球も入れずにここまで追い込んだ。だが、本当に追い込まれているのは水那さまの方。バッターの球子はボール球をカットしてファールにしている。どうしても水那さまから特大のホームランを打つつもりらしい。
あれ?
水那さまがキャッチャーの西主将のサインに何度も首を振っている。
イヤな流れだ……。
グラウンドだけじゃなく、ギャラリーの方でも、どこに投げても打たれると感じていると思う。晩稲田実業の選手の応援はますます熱を帯びてきている。ホームランを打てば同点という場面。2点リードしているはずの九家学院がまるでこれから逆転サヨナラを許す雰囲気が漂っている。
やっと決まったみたい。
水那さまがランナーを無視してワインドアップで思い切り振りかぶっている間に2塁ランナーが3塁に向けてスタートした。
んなっ!?
暴投?
ストライクゾーンのど真ん中へボールが吸い込まれていく。
「いただきぃぃっ!?」
球子が舌なめずりして、フルスイングの体勢に入った。
強打者にとって、少しくらい速い球でもコースが甘ければただの絶好球。あまりの危機的瞬間に一瞬目を閉じてしまった。
「ストライク、バッターアウト!」
え……。今、何が起こったの?
ちゃんと見届けなかった自分の愚かさを呪いたい。西主将のキャッチャーミットがかなり下がっている。まさか縦に落ちる変化球を投げた?
「くそっ、隠し球かよ……」
「ふふっ、初めて投げたけどうまくいって良かったよ」
ふぇ?
初めて試して成功したってこと?
もし、そうなら水那さま凄すぎるんですけど……。
両チームが整列して挨拶が終わると、晩稲田実業高校の監督代理、新庄主将が僕のところに近づいてきた。
「志良堂殿だったかな? 貴殿がこのチームの要とお見受けした」
うーん、相手は3年生だから、去年全国を戦い抜いた猛者だと思う。そんな人に褒められるのは嬉しいけど、ここは素直に否定しよう。
「お褒めいただき光栄です。でも、僕はただ彼女たちが持っている可能性を引き出す手助けをしているだけです」
九家学院の選手一人ひとりの情熱と努力がなければ、ここまでの急激な成長はなかったと思う。この練習試合で強豪校との熾烈な接戦を制したことは、他の高校との練習試合とは比べ物にならない意味があるだろう。
「御意、承知した。次は夏に相まみえましょうぞ」
「はい、こちらこそ、這い上がってみせます」
古風な言い回しだけど、流行ってるのかな?
新庄主将は西主将と握手を交わして、爽やかに去っていった。
いいチームだった。ベストメンバーなら今日の試合よりさらに段違いの次元のプレーを見せてくるに違いない。でも、僕たちだって、今のままではない。
それにしても……。
「バーカ、バーカ、弱小校に負けてやんの!」
「うっせー、赤髪。ウチは全員インフルエンザだったっちゅーの」
「んなわけ!? 変な髪型してるのにさらに嘘つきって笑える!」
「ドレッドヘアーも知らないってか、田舎モンが!」
「それぐらい知ってますぅ~、海に浮かぶゴミみたいで引くわ」
「ああ~? もう1回勝負すっか、コラ?」
「上等だ、もう1回、ボコボコにしてやんよ」
藤川球子と火華の無駄な口喧嘩。このふたり、本当に女子なんだよね? 今どきの男子でも、こんなに口の悪い人っていないんだけど……。




