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長老会議

鍛錬を終えた翌日、一行は魔族の長老議会と面会することになった。


姫の身に危害が及んだ件もあり、保守派の粛清が進められていた。


だが、そこで一つの提案があがる。


それは――


「人間と魔族の《契約》を正式な形で記し、未来の争いを回避するための枠組みを作ること」


「不可侵条約」

「協力時の魔具提供」

「緊急時に備えた“勇士の召喚権”」


そして何より、「魂を重んじる者の往来を許す」こと。


「俺たちは滅びを避けたい。だけどそれは、剣を置くだけじゃダメだ。魂のあり方そのものを変える契約じゃなきゃ意味がない」


オッサンの言葉に、沈黙が落ちる。


だが、姫がうなずいた。


「なら、それを“新たな火”としよう」


こうして、魔族と人間の間に「魂の契約」が結ばれた。


それは古くて新しい希望の火だった――



契約成立から数日後――


魔族と人間との歴史的協定を取り結んだ直後の工房都市ザイ=ヴァルには、平穏と再建の風が吹いていた。


反乱を起こした保守派の残党は捕縛され、彼らが牛耳っていた影の貿易ルートも封じられた。

アレクシア姫と長老たちは協定の文書化に忙しく、同時に、来月に予定された王族代表の来訪に備えて諸手続きと外交儀礼の準備に追われていた。


そんな中――


「……なあ。俺たち、別にやることなくねぇか?」


溶岩流れる外縁の崖で、オッサンが寝転がりながらぼやいた。


ミュリカは魔導書を開きながら、ゆるく答えた。


「のんびりしてればいいんじゃない? せっかくの平和なんだし」


だが、二人が本当に“のんびり”できた日々は、最初の三日だけだった。



ガル=ヴァンのもとで、オッサンは“魔族式鍛冶”の実地を学んでいた。


彼らの鍛冶は、鋼の中に魔素の流れを封じ込める独特の技法を持ち、それは「呪術鍛接(ルーン=フォージ)」と呼ばれていた。


魂の共鳴、記憶の反射、武器と使い手の因果を刻む儀式――それは、もはや工芸というより宗教儀礼に近い。


「人間の鍛冶は“技”を積む。だが俺たち魔族は、“業”を鍛えるのだ」


ガル=ヴァンの言葉に、オッサンは何度もうなずいた。


彼は銀軟鉄の大槌と、ザイ=ヴァルでしか得られぬ赤黒鉱(アグル=ノス)を用い、一本の打刀を鍛え上げた。


名は『紅炉』――


過去の罪を背負い、なお前へ進む者の刃。


その赤く染まった刃には、ミュリカが刻んだ火のルーンが僅かに揺れていた。



一方のミュリカは、アレクシア姫の手引きで魔族の火術院に通うようになっていた。


火山の心臓部――マグマの井戸から汲まれる霊力を通して、彼女は“精霊契約”という新たな段階に踏み込んだ。


「私、前よりもっと……火が優しくなった気がする」


そう呟いたミュリカの掌には、小さな火蜥蜴のような精霊が棲みついていた。

名前は「アグニィ」。彼女の情熱と好奇心を映したような性格で、時おり勝手に火を吹いた。


オッサンが火傷するたび、アグニィがケラケラと笑う。


「……可愛げのねぇヤツだな」


ミュリカは肩をすくめる。


「この子も、火の一部だもん。受け入れてあげて」



鍛冶修行の合間、オッサンは街で時折、細工屋や鍛冶屋の応援にも入った。人間の技術を面白がる魔族の職人たちは歓迎してくれたし、客の中には「“黒き工房の外れ者”の刃だ」と頼んでくる者もいた。


報酬は、ほぼ酒と飯だったが――


「この国の飯、しみるなぁ」


重くて辛くて、魔素の気配が強くて……それでも、どこか身体に馴染む味。


ミュリカは屋台の甘味(マグマ石を煮詰めた砂糖の塊)に夢中だった。


「辛いもんばっか食べてると、甘いのが沁みるのよ……あーっ、もう一本!」


オッサンが呆れつつ支払うのが、もはや日常になっていた。



そんな穏やかな日々が続いたある夜。


“魂の炉”のある山の裏手で、警備隊が一体の黒き影を捉えた。


焼け焦げた外套、溶岩に踏み入ってなお焦げぬ皮膚。

古代語で書かれた呪符。

そして、口ずさまれたのは――かつての魔王の戦歌。


保守派の残党か。

それとも、外の何か――


不穏な気配を嗅ぎつけたノル=セヴァンは、オッサンたちに警告する。


「この国は変わろうとしている。その時には必ず、“変わりたくない者たち”が牙を剥く」


オッサンは槌を握る。


「なら、叩いてやるさ。“鍛え直す”のも俺の仕事だ」

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