魂喰の炉
緋炎街道を抜けた一行は、峡谷の奥――火山地帯の中腹に刻まれた洞窟へと辿り着いた。
そこが、魔族が誇る秘匿の鍛冶場――《黒き工房(ザイ=ヴァル)》。
門はなく、ただ熔けかけた黒岩が鋳造されたような歪なアーチが、入り口を成している。
中からは絶えず、赤黒い光と魔力の奔流が漏れ出ていた。
「……空気が、重い」
ミュリカが顔をしかめる。魔素が濃すぎるせいだ。
アレクシアが言った。
「ここは《魂喰の炉(ヴォル=ゼル)》を封じた工房。かつて我ら魔族の王たちは、魂そのものを鍛えた。刃に、器に、呪物に」
ノル=セヴァンが補足する。「この炉に入れた鋼は、“持ち主の魂”と反響し、かつての罪や意思を焼き出す。つまり――」
「使い手の覚悟が試されるってことか」
オッサンが呟いた。腰はまだ痛むが、それでもこの工房の重さに負ける気はしなかった。
「俺が鍛えるのは、“通る刃”じゃねえ。“背負って斬る刃”だ」
アレクシアがふっと笑う。「気に入った。じゃあ通してやるよ、“外の鍛冶屋”」
鍛錬開始
工房内部は巨大な空洞で、天井からは熔岩の光が滲み、巨大な鎖に吊るされた炉が中央に鎮座していた。
これが、《魂喰の炉》。
案内役の老鍛冶魔――名はガル=ヴァンと名乗った――が、ぼそぼそと語る。
「炉に鋼を入れるときは、自分の“過去の後悔”を一つ、差し出してもらう……でなきゃ、金属が応えん。魂に蓋をしてる奴じゃ、鋼は割れて終いじゃ」
オッサンはうなずく。
ふと、彼の目に――父の影がよぎる。
あの時、なぜ助けてくれなかったのか。
なぜ、「悪かった」と一言も言ってくれなかったのか。
(……今さら、どうでもいいと思ってたのにな)
(それでも……まだ、許せてなかったんだな)
手の中の鋼が、じり……と、赤く染まり始める。
ガル=ヴァンが低く唸る。「通るな……いいぞ」
ミュリカが黙って、隣に立つ。
彼女が整えた氷月鋼の芯材に、オッサンはドワーフ特製の銀軟鉄を巻き、鍛接した。
三日三晩。
炉の魔力に耐え、魂の重さに叩かれながら、オッサンは一本の刀を鍛え上げた。
それは、“斬るため”ではなく、“守るため”の刃だった。
ノル=セヴァンが呆れ気味に言う。「馬鹿げてる。刃は力の象徴だ。それを“誰かを守る”ために使うなど……」
アレクシアはただ笑う。「いいじゃない、そういうの」
オッサンは、火が落ちた刀身に目を落としながら呟く。
「……名はまだねぇけどな。たぶん、こいつが俺の“因果を断つ刃”になる」