鬼火の牙
灰の降る午後、鍛冶屋《灰の鉄槌亭》に不釣り合いな男が現れた。
深く被った旅装束のフード。だが歩き方は隙なく、肩幅は広く、腰には古びた剣。
オッサンは、直感でわかった。こいつは“戦える”。
「ここが噂の、火を使う娘と腕のいい鍛冶師の工房か」
その声には威圧がなかった。ただ、どこか静かな深みと、疲労の色があった。
「……あんた、旅の剣士か」
「いや、今はただの流浪人だ。昔は……王国騎士長だったがな」
そう言ってフードを取った男の額には、深い傷跡。片目を潰したそれは、武勲の証ではなく、敗北の代償に見えた。
名はトーラ・ファルブレッド。
かつて王国で“無敗の騎士”と称された将軍。
だが、内紛のさなか、政治の渦に巻き込まれて失脚し、行方不明となっていた人物だった。
「……俺に剣を、作ってくれないか」
「戦うためにか?」
「……いや。“二度と戦わない”ために、だ」
その夜、鍛冶場では静かな火が灯っていた。
ミュリカは言った。「あの人の心は燃えてない。でも、まだくすぶってる」
オッサンはただ、静かに鋼を打ち続けた。
鍛冶仕事は嘘をつかない。どんな心でも、火と打撃の前では丸裸になる。
数日後、トーラの剣が完成した。
無骨で飾り気のない打刀。見た目に派手さはなくとも、芯には折れぬ鋼の意思がこもっていた。
トーラはそれを受け取り、長く息を吐いた。
「……これは、“旅の終わり”にふさわしい剣だな」
「いや、違うな」とオッサンは言った。
「それは“始まり”の剣だ。斬る相手が人じゃなきゃ、誰にも文句は言えねぇ」
「……ふっ、確かに」
トーラは静かに笑い、そのままオッサンの前に銀貨を置いた。
「礼はする。だがもう一つ、頼みがある」
「……なんだ?」
「この町に、“鬼火の牙”って名のならず者共が出入りしている。街の外れに根を張ってる」
「……話が早ぇな。斬っちまうか?」
「……できれば、止めてくれ。俺が、止める」
オッサンとミュリカは頷いた。
灰の町で出会った、かつての英雄。
彼が“最後の戦い”に赴く背を、火と鉄が見送った。




