204X年のAI事情
YourYEET。言わずと知れた世界最大の動画配信サイトだ。
いいや、だった。
204X年の今日。件のサイトはAIが作成した自動生成動画の坩堝と化し、日々、視聴者離れを加速させていた。
総ての始まりは2030年。
半導体大手であるAMP(Advanced Micro Processor)が、新しいGPUを発売したところから始まる。
NT1900
NT1800
NT1700
NT1600
RIDONシリーズに新しい型番を与えられたソレは、技術革新によって前世代のGPUから3世代分を凌駕するだけの性能を与えられていた。特にライバル社に大きく水を開けられていたAI生成能力は進歩というよりも、もはや進化と称して良いほどに劇的な向上を果たしており、値段は最低ランク品のNT1600でさえ1000米ドルしたものの、売り切れ完売、日本では100万円で転売されたNT1900が落札されるほどの人気になった。
このNTが普及すると、SNSでAIをつかったCG(絵)がより頻繁に見られるようになった。
特に日本ではその傾向が顕著で、SNSで人気を博していた漫画が実はAI出力のCGだったことが露見したり、漫画雑誌で賞をとった作品が後になってAIで描かれた作品だったなどということが、1度ならず2度3度と起こってしまう。
同時に、YourYEETに自動生成CGを使った紙芝居型の動画が投稿され始めた。
そうした紙芝居型の動画は俗にNICKと呼ばれ、投稿者はまとめてRATTERと呼ばれるようになる。NICKとはイギリスのスラングで盗むを意味し、RATTERは盗人を意味する。その通りに、CGは他人のものをAI学習させたものであり、シナリオもまた小説やドラマやゲームからの盗用だった。
それでもNICKは視聴された。
むしろ盗用だったからこそ、視聴されたというべきか。
様々な絵師を学習させたAIが出力するCGは、当然だが美麗だった。
シナリオは誰もが知っているような作品のものだ。
これが投稿主のオリジナルだったら、そうはいかなかったろう。
NICKはどれもこれも200万300万の再生数を稼いだ。
もっともRATTERの春は長く続かなかった。
シナリオの盗用で訴訟されたのだ。
一部のRATTERは裁判にそなえて登場人物の名前や人種、こまごまとした設定などを変更していたものの、焼け石に水で、たいていは敗訴した。
そこでRATTERが目を向けたのが日本である。
マンガをパクったのだ。
日本の雑誌会社は訴訟が下手だった。というよりもフットワークが重いせいで訴訟をしようとしなかった。
次々とマンガはNICKに落とし込められ、遂には日本で発売された雑誌が、翌日にはNICKになって投稿されるという有り様だった。
そのNICKはだが、2032年になると下火になる。
あまりにも絵柄や内容が酷似した作品が溢れたせいだった。
あのチャンネルのNICKが人気だと知ると、RATTERはまさしくネズミの如く大群で押し寄せ、絵柄をAIに学習させ、シナリオもまた丸々流用して、己のチャンネルで投稿するようになったからだった。
RATTERが、他のRATTERを盗用で告訴する。
そんな冗談のようなことが幾度となく起きた。
加えて、NICKは紙芝居だ。
文字を読まなければならない。
これがネックとなった。
視聴者は文字を追うほど動画に注目することを嫌がったのだ。
2032年のことだ。
アメリカを騒がせる事件が起きる。
複数の有名俳優が児童買春で逮捕されたのだ。
アメリカ市民の目は、薬物の使用に関しては大らかだが、児童虐待に対しては厳しい。
放送されていたCMはキャンセルされ、ドラマは打ち切られ、映画は上映が取りやめになった。
「もう生身の俳優はこりごりだ」
そう考えたのだろう、試験的に全編CGでつくられた連続ドラマが放映されたのは冬のことだ。
AMP社の全面協力でつくられたドラマは、それと知っていても実写と遜色のないリアルな出来だった。それでいて生身の人間では不可能なアクションや、爆発シーンが満載で、毎週、映画のようなクオリティのドラマが放映された。
視聴率は上々だった。
想定していたよりも拒否反応は少なく、続編を望む声が多く寄せられた。
よっぽど製作費は高くついたろう。
そうした推測はAMPによって否定される。
総製作費は従来のドラマの10分の1にも満たなかったのだ。CG製作の費用よりも、むしろ声優のギャランティのほうが高くついたほどだった。
全てはAMPの動画生成AIツール『GEEK』のおかげだとされた。
GEEKはシナリオさえ入力しておけば、あとは自動で動画を作成してくれた。いいや、そのシナリオさえも文章や動画を学習させることで、独自のものを創出することができた。
夢のようなツール。
2033年にAMPが発売するRIDONのNT3000番台と併用したのなら、個人でもフルCGの動画が自動でつくれてしまう。
世界は熱狂したが、反発もあった。
俳優協会と、映像の著作権をもつ会社だ。
俳優は仕事が無くなることを恐れ、著作権を持つ会社は、他人のCGを無断でAIに学習させたRATTERの前例を鑑みて、同じように映画やドラマのシナリオを断りなくAIに取り込まれることを嫌ったのだ。
結局のところ、GEEKは封印されることになった。
が。2034年。
GEEKが何者かによってネットに流出してしまう。
同年のうちにYourYEETに全編CGの動画が投稿され始め、2035年には日本で声優の声をAI学習させる機能を搭載されたGEEKが登場する。
また、GEEKが出力したシナリオを手直しした小説が権威ある賞を獲ってしまう事態さえ起きた。
もはや人間の創作物なのか、AIが出力した物なのか、見分けるのは困難な領域にまで至っていた。
YourYEETには何処かで見たようなCGの人物が、何時か見たような物語を演じる、そんな動画が溢れた。
それどころか人気のあるチャンネルそのものがGEEKによって模倣され、オリジナルよりも高頻度で更新され、模倣された側の人気がなくなるということも起きた。
寝ているだけでAIによって動画が作成されるのだ。
誰も彼もがYourYEETに出来上がった動画を投稿した。
GEEKはそうした動画を学習し、次第次第に、似通った動画を出力するようになった。
204X年の今日。件のサイトはAIが作成した自動生成動画の坩堝と化し、日々、視聴者離れを加速させている。
視聴者は生身なのかAI出力なのか判別のつかない、モニター越しの世界への興味を失った。
デジタルを厭い、アナログ時代の物語と文物に回帰しつつある。