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恋愛小説集【企画ものも含まれます】

変わり者の令嬢は警邏隊員を困らせる

作者: ありま氷炎

 

 何をもって虐げられているというのか。

 なぜ黙っているのか。

 それが不思議。


「その手、どうしたの?旦那様に?それはよくないわ。警邏隊を呼んであげる」


 私は街で虐げられているような子を見たら、声をかけるようにしている。

 この町の警邏隊は腐っていない。

 正義の味方だ。

 だから、こういう問題には真摯に対応してくれる。


「また、あのお嬢さんだぜ。いい加減にしてほしいぜ」


 しかし不満な隊員もいて、小さいことは自分で解決しようと思っている。

 例えば、


「恥知らず。なぜ私があなたのような妹を持たないといけないの?」


 貴族にはいろいろな事情がある。

 異母姉妹などは多く、争いも絶えない。

 対等に争っているのであればただの兄弟、姉妹喧嘩。

 だけど、どうみてもいじめているだけのような場合は、口を出す。


「その言い方はよくないと思うわ。サルナルド男爵令嬢」

「また、あなた?私の家の問題に口を出さないでくれる?」


 この姉妹を見るのは今回で三回目だ。

 妹はいつも質素な格好をしていて、びくびくと姉の傍を歩いている。

 調べてみたけど、どうやら、妹は踊り子の子で、踊り子の母親が死んだことによって家に引き取られたみたい。

 磨けばとても輝きそうな見た目の妹、サルナルド男爵令嬢は嫉妬しているのだろう。

 だから彼女に合わないドレスを着せ、その美貌を隠そうとしている。


「サルナルド男爵令嬢。妹さんを私の屋敷で雇っていいかしら?」

「雇う?面白そうね。いいわ。あなたには使用人がふさわしいから」


 雇うといえば、すぐに話に乗ってくると思った。

 予想通り。

 この人は妹が落ちぶれる姿がみたいだけ。


「それでは、今から妹さんを借りるわね」

「今?」

「そう。自己紹介、まだだったわね。私はカルファリシアのシルヴィア。何かいいたいことがあれば屋敷にきて」

「か、カルファリシア?!失礼いたしました。シルヴィア様」

「名前で呼ぶなんて失礼だわ」

「申し訳ありません」


 深々と頭を下げる令嬢を置いて、私は妹の手を引くと歩き出した。


「あ、あの」

「後で説明するわ」


 そう言って、私は彼女を警邏隊の駐屯所に連れて行った。


「シルヴィア様!」


  私の姿をみると警邏隊の多くが嫌そうな顔をする。

 ジェイクもそう。

 だけど、連れがいるとわかったら急いでやってきた。


「その人、誰ですか?」

「サルナルド男爵令嬢よ。姉にいじめられていたから連れてきたの」

「またですか?なんでもこちらに問題を投げるのはやめてほしいです」

「ひどいわね。今回はこの子はうちに連れていくから大丈夫よ。家から迎えが来るはずだから、こちらに来ただけ」

「引き取る?令嬢を?また難儀な」


 ジェイクは眉を寄せてうなる。

 それを見て妹のほうは不安そうにうつむいた。


「ジェイク。この子を悲しまさせないで。ほら、見て。この子。がりがりでしょう?多分、家でも食事を満足に与えられてなかったはずよ。これでも何か文句あるの?」

「ありません」


 ジェイクは文句を垂れるのをやめると私を事務所に案内した。それから迎えが来て、私は妹エイミーを屋敷に連れて行った。

 エイミーのことを私は侍女として雇った。けれども教育を受けさせるようにして、将来的にどこかに行きたいならいけるようにと思った。

 貴族と結婚するならば、教育は大切だ。

 もし平民を選ぶならあれだけど。


 一か月後、私は彼女を連れて警邏隊の駐屯所を訪れた。

 するとジェイクたちの驚いた顔。

 磨けば綺麗と思った彼女はやっぱりそうだった。

 しかも性格もおとなしくて、深窓の令嬢がいればエイミーのような人だと思う。


「あの時はありがとうございました」

「別に、俺は何もしてないし」


 エイミーが頭を下げると、ジェイクは頬を赤くして首を横にふる。

 胸がチリっと痛む。

 ジェイクがそんな風な態度を取るなんて。


「シルヴィア嬢。本当に良いことをしましたね。あの時とは大違いだ」


 ジェイクはにかっと私に笑いかける。

 彼の飾らない笑顔が好きだった。

 けれども、頬を赤くした彼の印象が強くて、彼の笑顔もなんだか薄れてしまう。


「今日も街を見てくるわ」

「シルヴィア嬢。一人では危ないから。俺が一緒についていきます」

「必要ないわ。エイミーの傍についていて」

「いや、俺じゃなくても」

「はいはい!僕がエイミー様の傍にいますからご安心を」


 ジェイクが言い終わらないうちに警邏の隊員の一人がやってきた。


「ほら、俺がいなくてもいいでしょう?さあ、シルヴィア嬢。行きましょう。今日はどんな問題が転がっていますかね」

「面白そうに言わないで」

「すみません」


 なに。

 ドキドキする。

 ジェイクと一緒に歩くのは初めてでないし、これは私の警備。仕事よ。

 私のお父様に怒られるから。

 私のお父様は警邏隊の隊長へルヴァン様の幼馴染。だから私がこうして街に降りると警邏隊を頼る。前はへルヴァン様がいるときだけだったけど、ジェイクと知り合いになってから、いつでも来れるようになった。

 だけど、ジェイクがいる時だけど。

 お父様はジェイクだけは信用しているみたい。


「こら!」


 万引きしている子供が、ジェイクを見ると逃げ出した。

 警邏の制服着ているから、捕まるんだと思ったのね。


「お嬢様、ちょっと」

「え?」


 突然抱き上げられた。

 まるでお姫様のように。

 そうして彼は走り出す。


「なんだ、あんた!それで俺を捕まえられると思ったのか!」


 スリをした子供がぎょっとして叫ぶ。


「試してみるか?」


 ジェイクは私を抱きかかえたままなのに、子供に追いついた。


「え、待って!」


 両手が私によってふさがれたジェイクの取る行動は一つで、彼は子供を足蹴にした。

 子供は転んで、とても痛そうだった。


「離して!」

「あ、うん」


 ジェイクはあっさり私を地面に卸してくれた。

 駆け寄ろうとしたけれども、子供は元気そうだ。すぐに地面から立ちあがる。


「ほら、もう終わり」


 ジェイクは一瞬で子供に歩み寄り、両手を縛り上げ、そのポケットからお金の入った布袋をいくつか取り出す。


「一つ、二つ、三つ!三つか!」

「離せ!」

「駐屯所まで来てもらうぞ」


 暴れる子どもあっさり捕まえて、私たちは駐屯所に戻ることになった。


「まあ」


 転んで傷ついた子供を見ると、エミリーがすぐに怪我の手当てをし始めた。

 こういうところもエミリーは素晴らしい。

 ジェイクも驚いたように、エミリーを見ている。

 その横顔を見ていると、やっぱり胸がちりっと焦がれる。


 子供は母親が病気で、そのために治療費が必要でスリをしているらしい。

 でも犯罪は犯罪。

 彼の年齢でも働けそうな場所を探そうしたら、駐屯地の厨房が下ごしらえをする子を探していたらしく、すぐに彼は採用された。

 彼の盗んだお金は駐屯所が預かり、持ち主に返すようだ。

 持ち主はこの子の証言をもとに、簡単な人物画を隊員の一人に描いてもらった。


 それからも、私はエミリーと一緒に駐屯地にきた。エミリーは駐屯地に残り、私はジェイクと出かける。問題はいつも起きるわけじゃなくて、何もない日は一緒にお茶を飲んだりした。


「私、おかしいかしら」

「どこかですか?」

「ほら、こうやって街に出かけて問題を探すこと。私はなぜか虐げられている人を見ると助けたくなるの。もしここで私が助けなければもっとひどいことになるから」

「そうなんですね」

「おかしいわよね」

「いいえ、おかしくないですよ。シルヴィア様のそういうところ好きですよ。俺」

「ジェイク。私はこういう事を真顔でサラっと言えるあなたが苦手よ」


 最近彼はこういうことを言ってくる。

 嬉しいけど、とても困る。


「シルヴィア様はまだ婚約者がいないとか。俺じゃだめですか?」


 そんなことたくさん考えたことがある。

 だけど、彼は平民だ。無理。


「俺、隊長の養子になろうと思っているんです」

「へルヴァン様の?」

「そうです。そうすれば、俺も貴族だ。だから大丈夫でしょう?」

「ジェイクは、それでいいの?というか、なぜ私を?」

「シルヴィア様は可愛いです。なんていうか、最初から可愛いなあと」

「可愛い……。私が?」


 可愛いなんてお父様以外に言われたことがなかった。

 私は社交界ではどうやら鉄の女と呼ばれているらしいし。


「本当は、シルヴィア様が平民になってくださるとうれしいのですが、それは隊長が泣いてらっしゃったので無理です」

「へルヴァン様が、泣いてらっしゃった?」

「へルヴァン様が、怒られるから、それはやめてくれって泣いてました」


 お父様……。

 きっとへルヴァン様に何か言ったのだわ。


「だから、俺は頑張って貴族なります。だけど警邏はやめたくない。隊長みたいになりたい。シルヴィア様とも一緒にいたいです。だめでしょうか」

「だめじゃないと思うけど。本当に、ジェイクはいいの?私で、エイミーじゃなくて?」

「どうしてそこにエイミー様が?」

「だって赤くなっていたじゃない。私の時は違ったのに」

「それはまあ、仕方ないことです。あの変わりように驚かない人はいないと思います」

「そうね。でもエイミーじゃなくていいの?」

「はい。俺はあなたがいいです。シルヴィア様」


 ジェイクは微笑むと、私の手の甲を取り、キスを落とす。


「ジェイク!」

「予約です。待っててください」


 それは彼の宣言だった。

 へルヴァン様の養子になって彼は、お父様に挨拶にきた。

 挨拶の数時間でげっそりやせたへルヴァン様とジェイク。

 だけれども、私は無事に彼の婚約者になった。


 社交界の噂はよくない。

 だけど構わない。

 私は結婚してからも、ジェイクと一緒に街を歩き続け、問題を解決して歩く。

 解決は余計なお世話だったかもしれない。

 だけど、もしかしたら、その人の救いになったかもしれない。

 

 最初は私の結婚は嫌な噂話しかなかったけれども、私たちの活動が陛下の耳に入ったあたりから、風向きが変わり始めた。

 エミリーはパーティーで見染められて伯爵令嬢になった。

 一応実家には挨拶に行ったらしいけど、ひどいもので、結局籍を抜いたみたい。

 だけど、その訪問のことは社交界で噂になって、サルナルド男爵は没落した。まるで小説みたいな話。

 エミリーはあの日私に出会ってよかったと何度も言ってくれる。

 だから、私は自己満足かもしれないけど、街で問題をみるとジェイクと一緒に解決を試みる。


 影で私たちは世直し夫婦とか呼ばれているみたいだけど、そんな大層な名前はいただけない。

 それはまるで、XXみたいだから。

 

 私は前世の記憶がある。だから世直しと聞くとあれを思い出す。

 だけど、私には印籠もなにもないし、そんな力もない。

 前世の記憶があるから、色々想像してしまう。

 長年虐げられた先には幸せがあるかもしれない。

 だけど、その過程はいらない。

 本当に辛くなる前に救い出してあげたい。

 可能な限り。

 

 ジェイクはそんな私を支えてくれるとてもいい旦那様だ。

 前世で死んだ記憶は思い出したくないものだけど、今はとても幸せだ。

 だからほかの人にも幸せになってほしい。


(おしまい)


 

 



 







 

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― 新着の感想 ―
拝読させていただきました。 楽しいお話でした。 街中を回るということでは、遠山の金さんぽくもあります。
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