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むらはこんやもおおさわぎ

作者: 縞々杜々


 明かりを落とした部屋の中、星の模様のベッドから苦しそうな声がします。

 もうおやすみなさいをしたはずの たっくん が、ふかふかのふとんにくるまってうなっていました。

 うーん。うーん。


――草木におおわれた山のなだらかな中腹に、一つの村がありました。

 広々した草地に長く道が延びて、ぽつぽつと建てられた家と家とをつないでいます。

 森のめぐみで暮らすリス達の村です。


 赤や黒の三角屋根を乗せた家々は、二階や三階の窓がピカピカの木の実でかざられています。

 冬のお祭りの準備が進んでにぎやかになる時期でした。


 しかし、星空におおわれた村は、今夜いつにないさわぎでした。

 ガラガラと木材のくずされる乱暴な音がひびきます。

 チョッキを着たリス達が、きゅうきゅう鳴きながらにげ回っています。

 建物や木のかげで縮こまっているリスもいました。

 みんな、ふさふさしたしっぽで小さな頭をかばっています。


 村の真ん中に、月の光をさえぎって大きなかげが立っています。

 コウモリのつばさがついた前あしをほこるように広げて、キバの並んだ口をぱかりと上に開きます。

 ボウボウと炎をはきました。

 空がこげてしまいそうな勢いです。

 その炎で、全身をおおう黒いウロコと赤いひとみがギラギラとかがやきます。

 長いしっぽがひゅんっと横にふられて、近くにあった家の屋根をふき飛ばしました。


 ドラゴンです。

 三階の屋根にも簡単に前足をかけられる、大きなドラゴンが暴れていました。

 何かにおこっているのかと思いきや、こわした家の中をのぞきこむ仕草は宝探しのように楽しげです。


 しかし、リス達はたまったものではありません。

 草木が燃えている。

 ガレキが降ってくる。

 ドラゴンがスキップのようにドシンドシンはねるので、地面がグラグラゆれている。


「助けてっ」

「だれか、だれか」

「ああ、勇者さま!」


 リス達はきゅうきゅう泣きました。――


 たっくんは、はっと目を覚ましました。

 星の模様のベッドの上。

 カーテンのすきまから朝の光がきらきらと差しています。


 リス達も、ドラゴンも、たっくんの夢の中の出来事でした。


 体を起こすと、あせでパジャマがぬれていて冷たさを感じました。

 たっくんはふらふらと頭をまくらにもどしました。

 ころりとねがえりを打ってうつぶせになります。


「全然、ねむった気がしない……!」


 ぐっすりねたはずなのに、ぐったりしてしまいました。


 ***


 夜になりました。

 たっくんはもうねる時間です。

 パジャマに着がえた たっくんは、すぐにベッドに入らず、しばらくうんうんなやんでいました。


 よし、とひとつ決心すると、部屋のはしにある四角い箱を探って、剣をひとふり取り出しました。

 長さは、ゆかからたっくんのこしまでくらい。

 剣身は青みがかかった銀色。

 黒いにぎりのボタンをぐっとおすと、つばにはめこまれた黄色い石がチカチカとオレンジに光りました。


 ふんふんと、たっくんは満足げにうなずきます。

 クローゼットから青いタオルケットを引っ張り出して、ぐるりと体に巻きます。


「よし!」


 ぼすんっとベッドにたおれこみました。


――くずされずに無事だった家の中では、リス達が家族や友人で身を寄せ合ってふるえていました。

 ドシンドシンというゆれは収まりましたが、ドラゴンの歌うような咆哮と、ベキベキと木の板を引っぺがす音が村中にひびいています。


 ドラゴンは、村で一番大きい家の屋根に穴を空けて、そこから中をのぞきこんでいました。

 前あしのツメで引っかけてかべとゆかをベリベリとこわし、中へ中へと探っています。

 よっぽど夢中になっているのか、しっぽがゆらりゆらりと左右にゆれています。


 そのしっぽにチクリと痛みが走って、ドラゴンはとび上がりました。

 ふり返った先にいたのは、たっくんです。

 青いマントに身を包み、青白くかがやく剣を構えてドラゴンをにらみます。


「ぼくが相手だ! その家からはなれろ!」


 しかし、ドラゴンはふんっと鼻を鳴らすと、再び家の中を探り始めました。

 たっくんはあわてて、さっきより強くドラゴンのしっぽをさしました。


 ドラゴンはまたとび上がって、ぎろりとたっくんをにらみました。

 ドシンドシンと足でふみならし、オオオオォォォっと咆哮をあげます。

 音がたたきつけられて、体中がビリビリふるえましたが、たっくんは目を反らしませんでした。


「さあこい!」


 ドラゴンが大きく大きく口を開きます。

 ゴオッと風を巻きこんで、炎がはき出されました。

 

 たっくんはさっとマントをひるがえします。

 さぷんっと波がたっくんを包んで、きらきらとしずくが散りました。

 水のはじける音がして、炎が消えて白くもやが広がりました。


 とつぜんのことに、ドラゴンも、窓から見ていたリス達も、目をぱちくりさせます。

 もやが晴れると、そこには剣を構えるたっくんが平気な顔で立っていました。

 青いマントがさらさらと流れるようになびいて、そのはしはしずくになってきらきら光っています。


 そう! 青いマントは水のマントだったのです!


「すきあり!」


 おどろいて動けずにいるドラゴンに、たっくんはきりかかりました。

 剣をかざる黄色い石がピカッと強く光を放ちます。


 ギャオォォォ。

 ドラゴンは強烈な一太刀を受けてよろめきました。

 よたよたと後退っていきます。

 たっくんがさらに剣をふり上げると、ばっとつばさを広げて飛び去りました。

 左前あしに、キラリと緑に光るものがにぎられていることに、たっくんは気がつきませんでした。


 月の光を受けたウロコのきらめきが、遠く山の向こうに消えると、ようやくリス達が出てきました。

 みんな、ぴょんぴょんはね回ってたっくんを囲みます。


「ありがとう!」

「ありがとう、勇者さま!」

「助かった! ありがとう、ありがとう!」――


 たっくんは、ぱちりと目を覚ましました。

 星の模様のベッドの上。

 カーテンの向こうにはもう朝が来ています。

 今日もあせでパジャマが張り付いていましたが、昨日の様な不快さは感じませんでした。


「へへへ。これで、今日はゆっくりねむれるぞ」


 たっくんは満足して笑いました。


 ***


 明かりを落とした部屋の中、星の模様のベッドから苦しそうな声がします。

 うーん。うーん。


――山のなだらかな中腹にある、小さな村。

 青空の下、村中にトンテン、トンテンと金づちの音がひびいていました。

 ガレキをよけたり、木材を運んだりと、リス達が村中をいそがしく行き来しています。


 みんな、ふさふさのしっぽがへちょりと垂れ下がっていて元気がありません。

 たっくんは近くを通った、赤いチョッキのリスを呼び止めました。


「だいじょうぶ? みんなつかれてるの? ぼくも手伝うよ」

「あ、ああ、勇者さま。

 いえいえ、勇者さまもおつかれでしょう。ゆっくりなさってください」

「でも、みんなとってもつらそうだよ」

「それは、ちょっと悲しいことがあって……」

「悲しいこと?」


 たっくんが聞き返すと、リスは困った顔で口を閉ざしました。

 しかし、たっくんがじっと待っているとまた話してくれました。


「宝物が、ドラゴンにとられてしまったんです……」

「えぇ!?」

「緑の宝石でできた、きれいなドングリで、金のドングリ、赤いドングリと並んで、村の宝物なんです。

 山への感謝をこめて、広場にかざる、大事なものなのに……」

「そんな……」


 話しているうちにリスの目にはなみだがうかびましたが、ふり切るようにふるふるっと首を横にふりました。


「さ、いつまでも外で話していたら、カゼをひいちゃいます。

 向こうであたたかいミルクでも飲みましょう」


 明るい声でたっくんをうながして歩き出しました。

 たっくんはとぼとぼとその後へ続きました。

 トンテン、トンテン。

 金づちの音に混じって、ぐすっと鼻をすする音や、しくしくとおし殺した泣き声が聞こえてきます。――


 たっくんはがばりと飛び起きました。


「こんなの、ゆっくりねむれない!」


 ***


 夜になりました。

 たっくんはもうねる時間です。

 パジャマに着がえた たっくんは、こっそりとリビングに向かいました。

 うす暗いリビングでは、ブチイヌのタロが、まあるいクッションをふみふみして整えていました。


「タロ」


 たっくんが呼ぶと、垂れた小さな耳がぴこっとはねて、ふさふさのしっぽがパタパタゆれました。

 たっくんはしゃがんでタロの顔をのぞきこみました。


「タロ、手伝って欲しいことがあるんだ。いい?」

「うぉんっ!」


 タロが元気に返事をしたので、たっくんはあわててくちびるに指をあてました。


「しぃーっ。でも、うん、ありがとう」


 自分の部屋に連れて行くと、タロにも青いタオルケットを巻きました。

 その時、タロがゴムボールをくわえていることに気がつきました。

 キラキラと虹色に光っています。


「ん? それ持ってくの?」

「くぅーん」

「まあ、いいけど」


 先にベッドに入ってふとんをちょっと持ち上げると、タロがとなりにもぐりこんできました。


――リスのいっぴきが、ドラゴンのヒゲを拾っていました。

 たっくんがたのむと、お役に立てるなら、と快く貸してくれました。

 たっくんは、ドラゴンのヒゲをひらひらとタロの鼻先でゆらします。


「タロ。このドラゴンの住み処が知りたいんだ。探せるか?」

「ばふっ」


 ゴムボールをくわえているせいでしょうか、タロの返事は口の中にこもっていましたが、しっぽがパタパタパタとゆれてやる気に満ちていることが伝わってきました。


 こうして、たっくんとタロはドラゴンのにおいを追って村を出発しました。

 森の中をずんずん進み、山を登っていくと、大きな横穴があいた場所にたどり着きました。

 タロは一度たっくんをふり返って、中へと入っていきます。


「ここに住んでるの?」

「ばふっ」


 たっくんはしげしげと穴の全体を観察します。


「あのドラゴンが入るには、かなり小さい気がするけど……」


 不思議には思いましたが、タロを信じて中へ入りました。


 洞窟の中は思ったほど暗くはありませんでした。

 おくから入り口より強く光が差しこんでいるのです。

 ごつごつした足場に注意しながら進んでいくと、やがて開けた場所に出ました。


 ドーム状に広くなっていて、上から光が降り注いでいます。

 見上げるとずっと上にぽっかりと穴があいていて、青空がよく見えました。

 下は金色の光がしきつめられています。

 それはたくさんの金貨でした。


「ドラゴンってキラキラしたものが好きなんだな」


 感心しながら見わたしていると、金色の中にきらりっと緑の光を見つけました。

 すきとおった緑色。ころんとまあるい形。ベレーぼうのようなカサ。


「ドングリだ!」


 たっくんはザカザカと金貨の海をかき分けて、その緑色にかけ寄りました。

 かかえてみると、それは確かに緑の宝石で出来た丸いドングリでした。


「よし、すぐに帰ろう」


 バウバウバウッッ!


 たっくんが入り口へふり返ろうとしたのと、タロが激しくほえ立てたのはほぼ同時でした。


 ざっといっしゅん辺りが暗くなり、ザバンッと金貨の波が立ちました。

 黒いウロコのかたまりが空から降ってきたのです。

 それは爆発するように大きくつばさを広げて、するどい咆哮で洞窟中をビリビリとゆらしました。

 ドラゴンです。


 ボウッと放たれた炎を、たっくんは水のマントでしのぎました。


「あわわ」


 ドングリをしかとかかえて、入り口へ走ります。

 タロは反対方向へ走り出しました。


「タロ!?」


 金貨を飛び散らせながら洞窟中をかけ回ります。

 ドラゴンの鼻先を横切ることまでしてみせました。


「タロ、なにして……?」


 たっくんははっとしました。

 ドラゴンが夢中でタロを目で追っています。

 いえ、タロのくわえている虹色のボールをです。


 タロはさっとたっくんのそばへもどると、ぽとりとボールを落としました。

 じっとたっくんを見つめます。


「タロ……いいんだな?」


 タロはこくりとうなずきました。

 たっくんはうなずき返すと、ボールをつかみました。

 ドシンドシン。

 ドラゴンが近づいてきます。


「とってこーい!」


 たっくんはボールをドラゴンの向こうへと投げると、さっと頭を低くしました。

 ひゅんっ。

 ドラゴンがボールを追ってふり返ったので、ムチのようにしなったしっぽが頭上を過ぎました。


 ドラゴンのドシンドシンという足音を聞きながら、たっくんとタロもかけ出します。

 洞窟を出てもあの不吉な咆哮は追ってこず、村についても空にあの黒いかげは現れませんでした。

 よっぽど虹色ボールを気に入ったのでしょう。


 たっくんはわしゃわしゃとタロをなで回しました。


「タロ! でかしたな、すごいぞ!」

「うぉんっ!」


「勇者さまたちが帰ってきたぞー!」

「ドングリもいっしょだ!」

「ばんざーい! ばんざーい!」


 リス達はぴょうんぴょんはねて、一人といっぴきの無事を喜んでくれました。

 さあ、これでもう村は平和になりました。――


 ***


 次の日。

 明かりを落とした部屋の中、星の模様のベッドで、たっくんは苦しそうにねがえりを打ちました。

 うーん。うーん。


――きらきらの木の実でかざられた村に、ドンドコドンドコと太鼓の音がひびいています。

 冬の赤い花で頭をかざったリス達が、ぴょこぴょこはねながらたっくんを囲みました。


「勇者さま! 無事にお祭りが開けました!」

「勇者さまのおかげです!」

「あれ? タロさまはどこですか?」

「勇者さま、赤い実のジュースです!」

「青い実もありますよ!」

「勇者さま、いっしょにおどりましょう!」


 太鼓の音に声をかき消されまいと、リス達はぐいぐいたっくんに近づいてきます。

 にぎやかさがさらにリスを呼んで、たっくんを囲む輪は二重にも三重にもなっていきます。――


「ぜんぜんゆっくりできない!」


 たっくんは飛び起きました。

 カーテンの外はまだ真っ暗です。

 たっくんはまゆを寄せてうんうんうなると、ベッドを降りました。


 部屋のはしの四角い箱をのぞきこむと、黄色いタンバリンを取り出しました。

 たたくとシャンシャンとすんだ音がします。


 満足してうなずいていると、プピーっと笛の音がしました。

 ふり返ると、タロがドアのすきまから顔をのぞかせていました。

 赤いボールがくわえられていて、ぎゅっとかむとそこからプピーっと音が鳴るのでした。


 たっくんは笑ってタロを手招きました。


「よし! タロもいこう!」


 並んでベッドに入ると、タロの首元までふとんをかけてあげました。

 しっかりとタンバリンをにぎりしめて、目を閉じました。



 おしまい

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― 新着の感想 ―
[一言] たっくん、いつになったらゆっくり眠れるのでしょうね。 可愛らしいお話でした。
2024/01/05 18:58 退会済み
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