第4話 聖剣の名をもつ少年①
魔力の源たる荒ぶる竜ファーヴニルが勇者シグルドに倒されて以降、この世界では魔獣や魔法使いといった自然を超越せし者たちの姿は消えてしまったが、稀に誕生するこれらの力の一端を使用できる能力者たちは「先祖返り」と呼ばれていた。
特に魔獣の先祖返りは、超人的な戦闘センスとパワーを持ち兵士としてどの国でも重用されており、彼らが能力発動する際に瞳が黄金の色に変化する様子は、畏怖の念を込めて『獣の瞳』と称されている。
王城内、近衛隊訓練場。
頭めがけて木でできた長剣を振り被ってくる兵士の一撃を交わすと、そのまま胴に入り込んでタックルをかます。兵士はそのまま後ろに飛ばされて、木剣を落として尻もちをついた。すかさず木剣を拾い上げると、尻もちをついた兵士に突き付ける。
「参った!」
兵士が手を挙げて降参を宣言したので、勝った方の少年は剣を持ってるのとは反対の手で相手が起き上がるのを手伝った。
「ガルバ小隊長、素手の俺になら勝てるかもって言ったくせに」
「最強のグラム様に調子こいて、申し訳ございませんでしたー」
ガルバ小隊長は尻についた土ぼこりを払いながら、そう悪態をつく。上司から押し付けられた上司の息子は、若干十五歳にして大変お強かった。正直、扱いに困るレベルだ。「小隊長」の威厳もあったもんじゃない。
(まぁ、あのハロルド大隊長のご子息だもんな)
グラムの父親であるハロルドは、勇者シグルドの再来と称賛される兵士だ。平民の出であるものの先の戦争において数多の武勲を立てて、いまは王都近衛隊の大隊長に任じられている。
(でも二代続けて、先祖返りが生まれたりするもんなのかね)
勇者シグルドが竜を倒した際に使用していたとされる『聖剣グラム』と同じ名をもつ少年を眺めて、ガルバ小隊長は少し疑問を感じていた。
ただ、黒髪で黒い目をしたグラムは父親の少年時代に瓜二つらしいので、例え二代続けて先祖返りが生まれる可能性が天文学的な確率としてもハロルドの息子に違いないのだが、どうにも引っかかる。
グラムはそんな上司の疑いのまなざしに気が付いていないようで、小隊の仲間たちとガルバ小隊長に勝ったことを拳同士を当てて喜んでいた。しかし、それも束の間、獣が敵にでも気が付いたような動作で、急に遠くを睨みつける。
そして、みるみると危険でも知らせるように、瞳の色が黒から金色へと変化した。
「ガルバ小隊長、シャルが城の外に出た」
彼はそう言い残すと、監視塔に向かって走り出す。あまりの速さに金色に輝く瞳の色だけが残像のように、彼の軌跡を残した。
「はぁ? おい、ちょっと待てって! おい! グラム!」
とんでもない速さで疾走するグラムのあとを、ガルバ小隊長も中年の身体に鞭を打って追いかける。なんとか彼が監視塔にたどり着く頃には、階段を上がるのも面倒だったグラムは石でできた監視塔の外壁を俊敏な動作で登り切っていた。
「ハァハァ……あのさ、グラム。いつも言ってるけど、とりあえずシャーロット殿下には、せめて『様』をつけなさいよ」
グラムはガルバ小隊長の小言など聞こえていないように、塔の頭頂部から街を眺めている。しばらくすると、一気にジャンプして上から降りてきた。
「俺、シャルを追いかけます。ガルバ小隊長もあとでみんな連れてきてください」
部下であるグラムが、上司であるガルバ小隊長に向かって命令をしている矛盾など意に介していないグラムは、上司の答えも聞かずに今度は城外に向かって走り出す。
「……これじゃ、どっちが小隊長なのか、わからなくなるでしょーが!!!」
城壁も事もなげに飛び越えて、城下町に向かって最短距離で駆け抜けていく部下の背中を呆然と見つめながら、ガルバ小隊長の絶叫が空しく響き渡った。