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あの日、あの時と同じ君へ。  作者: こいかげろう
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大人になった私と、少女に戻った君。

小学生の頃の夢を見た。

私は普通の女の子だった。友達がいて、好きな人がいる普通の女の子だった。

けれど、この頃のことは思い出したくない。

大好きだった人に告白して、フラれた。

初恋だった。普通なら初恋なんてすぐに忘れるのだろう。それが小学生の頃ならなおさらだ。

けれど、私は忘れることができない。こうやってたまに夢を見る。10年以上経った今でも。

それほどまでにあの子と過ごした時間はかけがえのない宝物だった。

私が勘違いをして、その子に告白するまでは。


最悪な目覚めだ。

私は上半身をゆっくり起こし、片手で頭を掻いた。夢の中のあの子は笑っていた。私も子供の姿をしていた。


「忘れたいのに・・・・・・」


自嘲気味に私は呟いた。大人になり、社会人になった今でも小学生のころの夢を見る。

まだ、未練があるのか。ただ単に懐かしんでいるだけなのか分からない。

一先ず、会社に行く準備をしよう。今は朝の6時。今日は早く目が覚めた為、家を出るまで2時間近く余裕がある。私は朝食の準備に取り掛かった。

私は朝ご飯を軽く済ませ、テレビを点けニュース番組を観始めた。天気予報では今日は雨の予報だ。外を見ると確かに曇っていたが雨はまだ降っていなかった。


「今日は傘を忘れないようにしないと」


食器洗いやメイクを済ませ着替え終える頃にはいい時間になっていた。

朝から嫌な夢を見たから気持ちが下がっていたが、早く目が覚めたことで準備に余裕が持てた。まだ雨も降っていないし、気持ちを切り替えていこう。


私は傘を持って、ドアを開けた。

「おっと、電気電気」

そのまま閉めようとして扉を止め、入口近くのスイッチを押し、電気を落とした。以前、電気を消し忘れたことがあり後悔したことがある。電気代は安くない。少しでも節約をしなければ一人暮らしはやっていけない。他に忘れ物はないか確認をして今度こそ扉を閉めた。


外に出ると曇り空はさらに暗くなっている気がした。

「もうすぐ降るのかな」

空を見上げながらそんな独り言を呟いた。


「そうね・・・・・・今日は雨が降るらしいから」


「傘を忘れてはダメよ?」


掛けられた言葉に心臓の鼓動が跳ね上がるのが分かった。急に声を掛けられたからではない。その声が、その話し方が私のよく知る人にとても似ていたからだ。

頭の中で色々な考えが出てきては消え、出てきては消えを繰り返した。

ただ一つ言えること、あの子だ。

忘れるわけがない、間違えるわけがない。

大人になったあの子が会いに来た。理由は分からない、けれどあの子が目の前にいることは分かる。心の中で覚悟を決める。なんてことはない、旧友が会いに来たのだ。挨拶をすればいい、普段通りの私で挨拶をすればいい。

ゆっくりと視線を前に戻した。しかしそこには、一人の子供が立っていた。


「久しぶりね、香菜」


・・・・・・似ているどころではなかった。そこには当時、私が好きだった彼女が目の前にいた。

言葉が詰まる。考えがまとまらない。ただ言葉を繰り返すしかできない。


「久しぶり、向日葵」


彼女は私の言葉を聞いて笑みを浮かべていた。当時の屈託のない笑顔ではない、大人びた女性の笑みだった。

私はただ彼女を見つめるしかできない。


「あら?」


彼女がそういいながら手を横に出した。

おそらく20秒ほど見つめあっていただろうその時、雨が降り始めた。

降り始めでまだ勢いはない、ただ雨粒が大きいのか徐々に濡れ始めてきている。

見たところ彼女は小さなバッグを持っているだけで傘は持っていなかった。傘をささないところを見ると折り畳み傘も持っていないのだろう。さっき私に注意をした癖に自分は傘を忘れるなんて抜けている。そんな現実逃避のようなことを考えていると彼女が困ったようにこちらを見ていた。


「・・・・・・とりあえず、家に入る?」


「ええ、ありがとう」


彼女はホッしたような顔でお礼をした。

そんな彼女が思い出の彼女と重なって見えた。ああ、本当に彼女にそっくりだ。私を香菜と呼んだ少女。向日葵に似ている少女。彼女がどうして私のところに現れたのか、どうして当時の彼女の姿なのか。疑問と不安が入り混じった感情で彼女を家に招いた。


私の家のマンションは4階建ての2階にある。築浅でオートロックマンションだ。家賃は少し高いが女性の一人ぐらいにはこのくらいが安心だ。

部屋の前で家の鍵を開けるとき、彼女は少し寒そうにしていた。季節は春だけど、まだ少し肌寒い季節。雨に濡れたのならなおさらだ。私は鍵を二つ掛けたことを後悔した。

それと彼女が来ている服が少し大きいことが気になった。少しダボついた服が寒さを助長しているようで、見ていられなかった。そんな私の視線に気づいたのか


「早くしてくれると、その、ありがたいんだけど」


胸元を隠すような仕草と彼女のジトっとした視線が痛かった。


やっとの思いで部屋に入り、私はタオルを取りに奥に進んだ。


「あなたも上がって?少し散らかっているけど、楽にしてね」


「タオル出すから待ってて、それと苦手な飲み物ある?」


「ありがとう。飲み物はなんでも大丈夫よ」


彼女の姿はどう見ても小学生くらいだ。それに大き目の服。おそらくこの少女は向日葵の娘なのだろう。以前、小学生時代の同窓会があった。私は参加しなかったが向日葵は来たらしい。その時、同級生の友人は向日葵をとても綺麗な女性になったと褒めていた。その言葉が本当なら今の彼女の姿は友人の評価とかけ離れている。今、目の前にいる女の子は可愛らしい少女だ。ともすれば目の前にいる女の子は向日葵本人ではない。向日葵の娘の彼女が私のことをどこかで聞いて興味を持ち、からかい半分で私を訪ねたのだろう。

悪趣味なことだ。少し話に付き合って、丁重に帰ってもらおう。時計を見ると遅刻ギリギリだった。今日はやっぱり厄日だったか。


彼女にタオルを渡した。ありがとう、そう彼女は大人びた様子でお礼を言った。

これはモテそうだ。彼女の様子を見ながらそう思う。学校の男子たちがこぞってアプローチをするだろう。私も、同性でありながらその一人だったから。


「もうすぐお湯が沸くから、そうしたら紅茶淹れるからね」

「インスタントだけど美味しいから」


彼女は笑顔のまま頷いている。

ちょうどお湯が沸いた。私はキッチンに進みながら言葉を続けた。


「これ飲んだら帰るんだよ?送るからさ」

「あ、ちゃんと向日葵・・・・・・お母さんに言ってここに来たかな?」

「お母さん心配するとおもうからあまり迷惑かけたらだめだよ?」


キッチンで紅茶を淹れ終え、彼女のもとに戻った。

すると彼女から笑顔はなく、目に涙を貯めていた。


「えっ・・・・・・」

私は彼女の涙の意味が分からず狼狽えてしまっていた。

その間も彼女の顔は悲しそうで、それを見ている私も胸が苦しくなった。


「ごめんなさい」

「やっぱり来るべきじゃなかった、あなたに頼るべきではなかった」


そういうと彼女は立ち上がり、玄関に進んで行った。


「ちょ。ちょっと!」


彼女を追いかけようと私も立ち上がる。


「来ないで」


弱弱しい、だけどはっきりとした拒絶。


「久しぶりに会えて良かった、少しでも話せて。昔に戻れたみたいで嬉しかった」

「ごめんなさい、そしてさようなら」


彼女は涙声で別れを告げ、出て行った。

ただ、強まった雨の音が窓を叩く音が部屋に響いていた。


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