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『黒』そして、僕とカリハ

 怪我から復活したマドゥの力により、僕たちは進むことができていた。

 復活と言っても、相変わらず左の頬肉はなく、奥歯まで剥き出しとなっているのは変わらないし、右腕も黒ずんだ変な色をしている。でも、普通に動くみたいだし、痛みもないようなので、大丈夫なんだろう。


 そして、ここはおそらく最下層の一つ上。

 今までダンジョンを照らしていた蒼く輝く鉱石の姿は、二つ程の上階から無くなっていた。

 僕は、自分の手の甲の上に光の魔法陣を創造し、周囲を光らせている。

 と、言っても、相変わらず魔法発動させての光って訳じゃなく、魔法陣に魔力をメチャクチャ注ぎ込んで、無理やり魔法陣を光らせてるんだけどね。

 それに、やっぱり以前みたいに魔法陣を飛ばす事はできていない。

 その事をマドゥもキュラも文句を言う事はないし、カリハも何となく心配してくれている。

 だから、せめて飛ばす事ができなくても、皆の懐中電灯くらいにはなろうと、頑張ってる。

 この辺の魔獣相手だと、僕のダガーナイフの腕じゃ通用しないし、役立たずのままじゃイヤだしね。

 でも、調子に乗って『人間懐中電灯』って言ったら、誰も反応してくれなかった。懐中電灯って、前世の記憶?段々と、前世と今世の知識の境界が曖昧になってる気がする。

 

 で、何故、最下層の一つ上と分かるかと言うと、下に広間が見えてるから。足元に空いた大穴から覗き込んだ先には、広間があった。


 今迄の入組んだ迷路のようなダンジョンじゃなく、見渡せる程度の広間。

 薄蒼く輝く鉱石の姿はなく、闇が質量を持って横たわっているように感じられた。

 特に、中央部に見える黒い淀みは、池のようにも、巨大なスライムのようにも感じられる。ブラックホールみたいにも見えるが、これは前世の知識だろう。この世界に宇宙の概念はない筈。

 ただ、ここからでも感じる濃い魔力。『黒』と同じ、イヤ、『黒』よりも数段階高い魔力が淀みとなり、池のように蟠っているのだ。



 僕が上から最下層の様子を見ていたら、黒い淀みの向こうに人影が見えた。

 一人はジャクダウ、もう一人は魔法を撃ちまくっていた男、そして、『黒』。

 ジャクダウは、倒れている。

 男は、フラフラとした足取りでジャクダウに向かっている。

 『黒』は、男のすぐ後ろ。


 男が、僕たちの光に気が付いたのか、こちらを睨んでいる。


 その時、男と『黒』が重なった。

 『黒』が男の中に入っていったと言う方が正しいのかもしれない。


 途端、男は悶え苦しみ、体中を掻きむしる。

 皮膚を裂き、肉を千切り取りながら苦しんでいる。

 そして、天を仰ぐような体制で、声にならない悲鳴をあげた。

 聞こえない。

 しかし、確かに絶叫。


 刹那だろうか、幾ばくか時間が経っていたのだろうか、男が立ち上がった。


 大きい。

 剥き出しとなった背中は逞しく、そして爬虫類のような尻尾があった。

 こちらを向く。

 頭の両脇からは、水牛のような角。

 魔族……。

 男は魔族となった?

 

 男の顔がこちらを向く。

 凄まじい圧を感じ、後方に尻餅をついた。



「どないしたん?ジャム、なんか見えたんか」

 カリハが大穴に身を乗り出した。

「ジャクダウ様!」


 倒れているジャクダウを見つけたカリハは、大穴の中に飛び出そうとする。

 僕は、カリハの手を取った。

 カリハは僕を睨むが、僕は握った手を離さない。


 ジャクダウは、動いていない。

 動けないだけなのかもしれない、でも、今、カリハが行っても助ける事はできない。ただ犬死にするだけ。

 ジャクダウの前に立つ男には、敵わない。絶対。

 カリハを死なせたくない。


 僕は、よほど情けない顔をしていたのだろう。

 カリハは、色が変わるくらい必死に手を握りしめる僕の手に、もう一方の手を乗せる。


「分かっとる。あそこに化け物が居るから、行っても無駄やて……。それに、ジャクダウ様はもう死んどるかもしれん。でもな、『かも』なんや、生きとるかもしれんやろ。ウチはジャクダウ様の従者やから…………」


 涙が溢れた。

 ここでカリハの手を離せば、もう会えないかもしれない。大好きなカリハ。

 この瞬間になって、自分の気持ちに気がついた。

 でも、言えない。

 ジャクダウを追うカリハに言う事はできない。

 手を離さないといけないんだろう。

 ただ、溢れくる涙を止めようと、瞳を閉じる。


「優しいな、ジャムは──」


 言葉の後、柔らかい感触が唇に…………。

 目を開けると、僕の顔から遠ざかっていくカリハの顔。


「ウチの初めてや」

 真赤な顔のカリハは大穴に足を掛けながら、笑顔で言った。

「『最後の』になるかもしれんけどな」

 そして、大穴の中に、最下層へと飛び込んでいった。


 

【昊ノ燈です】


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