ネシュレトの策は闇の中
森の火の近くまで行くのに、廃坑入口まで山頂付近を縦断するコースから、山の中腹をグルッと回るコースに変更した。
初めは、ジャクダウ、ネシュレト、僕、カリハの順だったけど、いつの間にかジャクダウ、カリハ、僕、そしてネシュレトの順になっていた。
まさか、僕よりも体力が無い男がいたの?なんて、思ったけど、どうも、山道に慣れていないだけみたいで、目下、僕とネシュレトで最下位争いをしているところ。
純粋な体力勝負では、圧倒的に僕の負けっぽい。
少し前までは、
「ちょっと、君たち、速すぎないか?俺をおいていったら駄目だろう」
とか、
「ハンデだよ。さぁ、俺の荷物を持ちたまえ」
とか、何様?的な発言を繰り返していたネシュレトも、今では、遠い目をして、ゾンビのように歩いてる。
にしても、このグルッと回るコース、おそらくは縦断コースよりも当然平坦なんだけど、怖い。ずっと、右手側が崖。俗に言う断崖絶壁。夜の闇の中だから、奈落に落ちるように感じるけど、昼間だったら、下まで見えて、もっと怖いんだろうな…………。
どっちにしても怖いに変わらない程の崖。
ジャクダウは、この道を避けるために縦断コースをとってたのか?とも思ったが、ただ、早く行きたいだけだと、彼のペースを見て分かった。とにかく速い。ウフフ、エヘヘ、鉱石ちゃんって呟きながら、笑顔で進んでいく。
口数が多い筈のカリハも静かだ。
まぁ、僕みたいに疲れ切っているというより、切れかかってる。幾度となく吐かれ続けたネシュレトからの甘い言葉。その上滑りする感じ、下心を隠そうともしない感じに、いつしかカリハの表情が消えた。ネシュレトが戯言なんて言えなくなった今も、その顔は変わらない。
ただ、淡々と夜の山道を歩いていた。
「無表情って、怒り顔より怖いんだな……」
誰にとなく、僕の口が言葉を漏らした時だった。
── カラ カララ…………
山から小石が転げ落ちてきた。
暗闇の中、ガサガサという音と共に、増していく気配。
隠す気もない捕食欲求が上から注がれる。
「上からや!皆、足場狭いけど、いけるか?」
「ジャクダウ様、少し前に広い所ありませんでした?」
「前過ぎるやろ。あっ、それに…………もう、囲まれてもうてるわ」
ゲッゲッという湿った笑い声が聞こえる。
行く道から、来た道から、そして、上から。
「アカン、この状況、挟まれて身動きとれんところに、岩でも転がされたら……ペシャッてまうわ」
「そうやな、ちぃとヤバイか……カリハ、正面強行突破するで。しょせんゴブリンや、一体一体はそないに強ないはずや。ジャム、派手なん頼むわ。ネシュレトも、なんぞ魔法が使えるなら、いっといて」
ジャクダウの言葉に、特大級の土の魔法陣を後方に向けて展開する。
ザリッザリッガガガ……。音をたてて道幅擦れすれの魔法陣が、ゆっくりと動いていく。
「んなっ!えっ!あっ!【Thunder】」
── バリバリバリ
ネシュレトの魔法が、上空に向かい打ち出された。
スゴイ!
僕の方を指さして、奇妙な圧縮詠唱で別の方向に魔法を放つ。普通の魔法使いには、できない芸当。ネシュレトの魔法の才能の凄さに感動しながらも、前方に駆けていく。
前方では、ジャクダウが竜巻のように大斧を振るい、道を作りながら進んでいる。
「いったい、なんぼおるんや」
次々と涌いてくるゴブリン。
このゴブリン達、オークのお溢れにあやかろうと、オークの進行につれて集まっていた何部族ものゴブリンが、オークが殺された為にこの辺りを徘徊していたものなので、数が多い。
でも、そんな事を知らない僕たちは、精々五〜六十程度だろうと、強行突破を計っていた。
「ジャム、火のやつで一気に燃やせんの?」
「無理、カリハ。あれ、殲滅に向かない」
「じゃ、じゃあ、土のやつで山をブチ壊そうや」
「そこまでのパワーないって」
「てっ。てっ。石投げてくんの、何とかならんか?いくら小さい石いうても、こんな数、投げ落とされたらキツイて」
「ジャクダウしゃがんで!そっちに風とばす」
ジャクダウの返事を確認して、横向きにした風の魔法陣を飛ばす。道幅大の魔法陣が奔り、ゴブリン達の胴を割いていく。
「な、な、な、何ていう魔法使うんだ。そもそも、魔法使えないハズじゃ……ではなく、そもそも魔法なのか?ってか、危なすぎるだろ」
ネシュレトが言うには、本来魔法陣は、魔法が発動していないのに魔力を込めているという、不安定な状態で、もっとも魔力暴発事故が起こりやすいのだそうだ。
「そ、そんな状態の魔法陣を……魔法陣自体で攻撃するなんて……。魔法陣に集まった精霊もビックリだよ」
「そんな事、言っとる場合か。走れ!」
ジャクダウの言葉に、一斉に走り抜ける。
走り。
走り。
走り。
転び。
走り。
ついに、広い場所に出た。
右手側は、相変わらずの崖。左手側は山。目の前は少し広がり、その向こうに道が続く…………ハズ。
ゴブリン。ゴブリン。ゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリン…………
ゴブリンがいた。
眼前に現れた間抜けな獲物を見ようと、奥にいたゴブリンが前方のゴブリンの上によじ登ってくる。層になったゴブリンの一番下は、苦しそうに呻きながらも口を大きく開け、真っ青な舌を伸ばす。
山肌が見えない程に張り付いたゴブリン達も、転げ落ち、折れた手足で這いずり寄ってくる。
「アカン……」
ジャクダウの手から大斧が落ちる。
死!
「ジャリムス。死ぬかもしれないけど、やってみる気はあるか?」
絶望が心を満たそうとした時、ネシュレトがそっと呟いてきた。
「お前の一番強い魔法は火だよな。でも、魔法が発現しない。だから魔法陣だけを使ってるんだよな。その、一番強い魔法陣に目一杯魔力を詰めて、あのゴブリンの山まで飛ばせ」
ネシュレトの意図が分からなかった。
でも、それしかない事は分かっていた。
だから、目で頷いた。
僕たちは、ジリジリと右手の崖の方に追い込まれていた。
ゴブリンの笑い声が聞こえる。
横では、ネシュレトが口の中で長い詠唱を行っている。僕は、彼のハンドサインに従い、前方に火属性の魔法陣を創り、魔力を詰め込んで飛ばす。
魔法陣は、やや上方、ゴブリンの山の中央に向かう。
「──集束せよ【Thunder】」
僕の魔法陣をネシュレトの魔法が穿く。
── シュッ ジジ パッ!!!
魔法陣が砕けた。
魔力が弾け、踊り狂う多頭の蛇のように炎が雷気を帯びて大気を蹂躙する。
声もなくゴブリンが蒸発していく。
焔蛇の一匹が、魔法陣と僕とのラインを伝い、迫る。
魔力を喰らいつくされ、意識が朦朧としている僕の瞳に、口を開く雷火が映る。
── あ、死ぬ。
「「ジャーー厶!」」
ジャクダウとカリハの声がする。
「死ぬな」
そう言ったネシュレトの身体が、僕を突き飛ばし、僕は落ちる。
真っ暗な崖下へと。
ああ、これがネシュレトの言ってた『死ぬかもしれない』か…………。
魔力に喰われて死ぬか、落ちて死ぬか。
落ちた方が、助かる可能性があったのかな?
ああ、カリハたちは、助かるのかな?
そういえば、ジャリムスって言われた…………。
僕は、闇の中に……………………。
【昊ノ燈です】
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