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最終話 私の人生について

 その日は残業をせずに退勤し、私は落ち込んでいるであろう息子を慰め、そして自らの過ちを理解させようと考えて帰路に就いた。



 仮想人格のアイドルの流行曲が流れる街頭を歩いていた私は、裏通りから聞き覚えのある音楽が流れてくるのを耳にした。


 その音楽に導かれるようにして、私は裏通りをさらに奥に進み、都市開発で取り残された広場にたどり着いた。



 そこでは浮浪者が粗末なマイクを手にして激しい曲調のロックソングを歌っており、広場に集まっている貧しい身なりの人々がそれを聴いていた。



 そして、ロックソングを歌っている中年男性の浮浪者は、紛れもなく高林斉治だった。




「あなたも、しゃかいからきゃんせるされたのですか?」


 高林は既に正気を失っており、四六時中絶唱していたのか彼の喉は完全に潰れていた。



「ここは、わたしたちのいこいのばなのです。きゃんせるされたかるちゃーを、わたしたちのあいだでかたりついでいくのです」


 人権擁護法の制定により、過去に社会からキャンセルされた音楽家や歌手の楽曲はインターネットや公共の電波で流すことを禁じられており、古びたCD再生機からは高林の作品も含めてそういった楽曲が流れ続けていた。



「マスケティアーズさんは私たちの中でも随一の芸術家ですよ。私は十数年前まで風刺漫画を描いていたのですが、今ではこういった場でしか発表できません」


「僕も昔は大学で生物学を研究していたのですが、動物実験によって得られたデータは今や公の場で発表できませんからね。学者なんてとっくの昔にやめて、今は工場勤めで楽しくやっています」



 広場には高林以外にも社会からキャンセルされた人々が集まっていて、私は彼らの瞳に、今の社会を生きる人々から失われたものを見出した。






 そして10年が経ち、市役所を早期退職した私は今日も昼過ぎに家を出ていく。



「あなた、今日も広場ですか?」


「そうだよ、定年後の楽しみだったんだ」



 数年前に路地裏で狂死していた高林を広場の人々とともに埋葬した時、私は退職後にやりたいことを決めた。


 退職前にギターを習い始めていた私は、マスケティアーズの楽曲を収録したCDと中古のギターを持って今日も広場に行く。



 かつてキャンセルされた文化を、そしてキャンセルされた人々の間で今も生き続けている大切なものを、これからは私も語り継いでいくのだ。



 (完)

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