親友
彼の家のドア越しに、騒ぎが聞こえる。
チャイムを押しても出ないので、勝手に玄関のドアを開ける。
それとほぼ同時、殴り合いのケンカをしているバンドメンバーが見えた。
ギタリストがテーブルの上にふっとんで、テーブルに置いてあるお菓子袋が散らばる。
「なんだよっ・・・なんでわかってくれねぇんだっ」
「こんなに価値観が違うとはねっ」
びっくりしすぎて動けない。
その場に立ち尽くしていると、彼が気づいて近付いて来た。
「どうしたんですかっ・・・?」
「いや、あの・・・練習のあいまにおやつ時間あるでしょ?その時お喋りしてたら、価値観の違いでケンカになった・・・」
「ああ・・・音楽性の違い・・・」
「え?いや・・・」
「もう、いいっ。こんなバンド抜けてやるっ」
「ああ、そうかよっ」
「待ってって・・・なんでそんなことでケンカしなきゃいけないんだよっ」
「抜けるったら、抜けるんだっ」
目に涙を浮かべ、玄関に足早に向かうギタリスト。
彼とわたしは思わず道を開けてしまう。
強い音を出して閉まるドア。
彼とわたしはバンドメンバーを見る。
ドラマーがお菓子を口に入れたところでわたしに気づく。
数秒見つめ合うと、ドラマーは肩をすぼめた。
とりあえず話し合うことに。
急にテーブルを叩き、声を上げるボーカル。
「僕はホットって言うのっ?とろけるタイプがいいんだよっ」
「わーかったから・・・」
「あいつは冷めたのが好きとか言ったんだよっ?」
バリバリとスナック菓子を食べているドラマー。
ボーカルをはさんでのベーシストに、「食べる?」みたいにお菓子をすすめる。
「何味?」
「甲殻類」
ちょっとうなずいて、お菓子の袋へ手をのばすベーシスト。
「ちょっと、お菓子食べてる場合っ?」
ふたりを勢いよく交互に見るボーカル。
『「そんな場合」』
私は大きなため息。
「男はみんなバカです・・・」
「ほんとに今はお菓子食べてる場合じゃないよ・・・彼がいなくなったら、バンドどうするのっ?」
動きが止まるメンバー。
「あれって本気で言ってたの?」
「泣いてたよ・・・」
『「何っ?」』
立ち上がるドラマーとベーシスト。
「仲直りしにいくよっ・・・」
「まさか本気で最高のバンド抜けるって言ってたのか・・・あの発言、彼にとっては大きなことだったんだ・・・ショック・・・」
ドラマーがボーカルの肩を叩く。
「ちょっと言いすぎだったよ・・・」
「え・・・」
時間経過。
玄関のドアが開く。
入ってきたのはギタリスト。
小奇麗に片付けられた部屋。
そこに背中に手を回して立っているバンドメンバーと私と彼。
「なんだ、話って・・・かわりのギタリストなら」
「君の代わりなんていないんだっ」
意外そうな顔をするギタリスト。
「戻って来てくれっ」
背中に回していた手を、みんなが表に出す。
手にはピザ味スナック菓子。
「これはっ・・・どこで手に入れたんだっ」
「探すの大変だったんだよ」
「俺っ・・・俺のためにっ」
「そう、君のため~」
「見てくれっ、僕の誠意をっ」
袋を開けて、ピザ味スナック菓子を食べだすボーカル。
数秒後。
ヒザから崩れ落ち、倒れるようにして床を叩きながら号泣するギタリスト。
「どうしたのっ?」
「俺はっ、こんな奴らみたことねぇーっ。冷えたピザが好きな俺を認めてくれる奴らなんていないと思ってたんだよーっ。うわ~んっ」
「いいから、一緒にピザ味食べようよ。チーズフォンデュ味もためしてみようよ」
ギタリストの背中をさする彼の側でわたしがぽつりと言う。
「みんな泣いてるのに、そんな場合?」
ベーシストがすぐに応える。
「そんな場合だぁーーーっ」
私以外全員。
『「そんな場合だぁーーーっ」』