自動車事故1
何度も車で事故起こしましたが、最初がこれでした。
大学一年の春、車を初めて購入し、無性に人を乗せたくなった私は、鎌倉に住んでいる高校の友達を三人誘って、夜中に箱根にドライブに出かけた。
相模湾の海岸線に伸びる一三四号線をひた走り、西湘バイパスに乗ってぶっ飛ばせば、すぐ小田原だ。西湘バイパスに乗るとアクセルを踏み込んで、生まれて初めて時速百キロの壁をこえた。小田原から箱根に登るには旧道・新道・箱根ターンパイクの三つのルートがあるが、正月の箱根駅伝でも有名な旧道を選んで芦ノ湖を目指した。
湯本の温泉街を通り越し、旧道を登り小涌園を過ぎると人家はなくなり、芦ノ湖まで人家のない山の中をゆくことになる。旧道の登りがピークになるちょっと手前に姥が池という有名な心霊スポットがある。本当に何か映るのかもしれないが、箱根駅伝の中継でもこのあたりは絶対に放映しない。
そんなところに夜わざわざ行くものではない。悪霊の仕業なのか、たまたま天候が悪かったのか、私たちがその付近に近づくと、急に霧が濃くなって前がまったく見えなくなった。
私はヘッドライトにかろうじて映るセンターラインをたよりに、曲がりくねった道を必死に運転した。
対向車は全く現れず、得体のしれないアメージングな世界に迷い込んでしまったように、私たちは濃霧の中を宛所なく彷徨った。気味が悪くなり、新道にしとけばよかったと後悔したがすでに遅い。道が下り坂になり、姥ヶ池から遠ざかったことは分かったが霧は晴れない。道が平になったが一向に芦ノ湖につかない。
おかしいと思っていたときセンターラインを見失った。ハッとなった次の瞬間、目の前に太い杉の木が現れた。必死にハンドルを切ったが避けきれず、左の後輪のあたりが木に激突した。
不思議なことにその拍子に霧が晴れ始めた。霧が晴れてきて辺りが確認できるとそこは駅伝のゴールになる湖畔の駐車場ではなく箱根神社の参道の杉並木だった。神社の霊験なのか、姥が池かずっとら付きまとっていた霧が消えていった。とりあえず神社から湖畔の駐車場に移動して自動販売機で飲み物を買った。
帰りは新道で戻ろうということになり、七曲の難所をなんとかしのいでホッと気を緩めたときだった。冬眠から覚めた大きなガマ蛙が道に出てきたのを踏みつけてしまい、タイヤがずるっ滑ったと思ったらハンドルが利かなくなった。
その上路面が凍結していて完全にスリップした車はそのまま道路脇の壁に突っ込んだ。しかし、ラッキーなことに道路の脇には残雪がかなり残っていて、ボフッと雪にめり込んで止まった。
九死に一生をえたような私たちはそのあとは慎重に山を下り、箱根寄木細工で有名な畑宿の集落が見えてくると一安心した。小田原の町を抜けて西湘バイパスに乗ると、早く忌まわしい場所から遠ざかりたくて私はアクセルを踏み込んだ。
「おい、何か音しねえ」と後部座席にのっている友達が声を上げた。
確かにチュン、チュンと何かが擦れる音がする。箱根から何かが憑いてきた気がした私は、不気味に思っていっそう速度を上げたが音は止まない。友達を鎌倉まで送り届け、一人で運転を始めると音がしなくなったので、私は箱根の魔物も去ったかとほっとした。
翌朝、駐車場に行ってみると、凹んだ左のフェンダーに収まっているタイヤの側面がボロボロに傷ついて今にもバースト寸前なのを見て、私は昨夜の音の正体を知った。一人乗りの時は問題なかったが、四人が乗って車高が下がるとフェンダーの凹んだ部分がタイヤに接触し、側面を削り取っていた音だったのだ。
高速で走っていた西湘バイパスでバーストしていたら全員即死であったろう。一般道でバーストしていても運転技術が未熟の初心者ドライバーの私では、大事故になって死んでもおかしくなかった。
箱根の姥ケ池は心霊スポットらしく、箱根駅伝でも絶対に放映しません。