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先輩ネタ多すぎです  作者: 阿垣太郎
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内臓破裂2

C型肝炎は錠剤で治るようになったようです。一粒8万円くらいするらしいけど。

私は宣言された三日を生き抜き五日目を迎えると、微かながら指を動かせるようになった。それに気がついた看護婦さんから声をかけてきた。

「あれ指動いているけど、私の言っていることわかったら右手の指動かしてみてくれる」

 看護婦さんの問いかけにほんの少しだけ、右手の指を動かすと看護婦さんは「先生、阿垣さんの意識が戻りました」と叫んで走り去った。

私は、最初から躰を動かせないだけで最初から意識はあったんですけどと言いたかったが、まだしゃべることは出来なかった。

「阿垣さん。手術は無事成功しています。あとは阿垣さんが頑張って歩けるようになれば退院できますからね」

 ドクターはちょっと驚いたように言った。それもそうであろう。内臓破裂した患者は、八割死亡すると母に言っていたのを私は聞いていた。

「あなた運がいいわよ」

 看護婦さんはそう話しかけてくれたが、内臓が破裂して死にそうな目に合うことって運がいいのだろうか。

だが、本来は休日の日曜日なのに偶然に外科医が集まっていたこと、新人警察官が真面目に巡回していて終電の通過前に線路から下ろしてくれ、一緒に病院まで行ってくれたので入院拒否されなかったことを鑑みれば、確かに運が良かったのかもしれない。

 とにかく、いったん指が動かせるようになると、足も腕も動かすことが出来るようになってきた。そうなると酸素マスクは外されたが、鼻から入っていた管と点滴はそのままだった。そうして一週間経ってやっと鼻からの管も外され会話もできるようになった。

 会話ができるようになるとドクターが説明にやってきた。

「傷が二つになっているけど、こっちは最初盲腸だと思って開けちゃったけど、盲腸は綺麗だったから取ってないからね」

私はそのとき、ドクターの説明を聞いて医療ミスではと思ったが、血圧低下で問診もできなかったのだから仕方ないと思った。そう言われて傷口を見ると、縫い合わせた盲腸の部位と腹の中央部では明らかに縫合の精度が違う。

 右下の盲腸だと思った方は慌てて縫ったのだろう。糸の長さもまちまちで雑だった。それに比べ摘出手術の成功した後で縫合した腹の中央は、均等に綺麗に縫い合わされていた。私は死ななかったのだからよしとするかと思うことにした。

「脾臓という臓器が破裂していて出血多量で命が危なかったんだけど、脾臓は成人してしまえば肝臓の補助のような臓器なので無くても大丈夫だから」

「はあ」と私が気のない返事をすると、ドクターはホルマリン漬けになった赤黒い脾臓を私に見せて、五百グラムあったと何故か得意気に説明してくれた。

 まだ立つことも出来ず点滴で栄養補給をしていた私だが、二週間ほど経って抜糸することになった。腹のど真ん中十五針、盲腸と思った下腹部十一針、計二十六針も切り刻まれていて、一気に糸を抜いたら傷口が開いてしまうのではと私はドキドキした。

 抜糸はうまく行き傷は開かなかったが、腹筋がずたずたになっているせいで、笑ったりすると引きつって痛いので、表情から喜怒哀楽を失った私は鉄仮面になっていった。しかも声を出すだけでも腹筋に痛みが走るので、私はとても無口となった。

 病室のベッドには全員分のテレビが無く、退院した患者がいると順番に回って来るシステムであった。やっと念願のテレビが廻って来た私は、当時流行っていた「ひょうきん族」を見た。笑うと腹筋が痛くなり辛かったが、笑いたいという欲求が勝った。翌日、私は検査に来た看護婦さんに、ロボットのように無表情で「昨日、お笑い番組見て笑っちゃいました」と報告した。

「あなたでも笑うの」と、看護婦さんがえらくびっくりしているのを見て、私は自分の評価を知った。病室にやってくる看護婦さんに次々と「あなた、笑うんだって」と言われたのは、さすがにちょっと心外であった。

 そして退院が決まった最後の問診で、傷の具合をチェックしたりした時に、ドクターが不思議そうに「やっぱり外傷ないよな」と呟いた。

 身体のどこにも打撲の跡もなく、腹の中の脾臓だけが破裂するとは、ありえないことだった。

「じゃあ、どうして破裂したんですか」と私が尋ねると、ドクターは言った。

「まれに空手の達人とかが気功とかで外部に損傷を与えないで、中のものを破壊する事ができるって言うから、そういう人にやられたんじゃないかな」

 ドクターは自信無さ気に答えた。私はマンガのじゃあるまいし本当にそんなことあるのかよと思ったが、記憶が無いので反論しようがなかった。原因不明だと保険が下りないので、生命保険会社には階段から落下して強打して損傷したことにした。

「もう一つ、残念なお知らせを伝えなければならないのだけど、いいかな」

 ドクターは私に思いもしない衝撃的な事を告げた。

「阿垣さん。大変に言いにくいのですが、輸血の血液の中にC型肝炎のウィルスが入っていたらしく、C型肝炎に感染しているので発症した場合、インターフェロンなどで治療する必要があります」

 私はC型肝炎が発症した場合には、長期に渡る治療生活を余技なくされる病気であることを聞かされ、会社勤めは長くできそうもないなと覚悟した。エイズではなくてよかったが、命を取り留めたものの、不安を抱えて生きることになった。

退院はしたが私の苦難はまだ終わりではなかった。給与を銀行振り込みにしていなかったので、本社に退院の挨拶を兼ねて初任給をもらいに行ったときのことである。

 私はあまりに薄っぺらな給料袋を受け取りおやっと思いながら、中に入っていた給与明細を取り出して目にしたとき、信じがたい事実に衝撃で思考が停止した。

なんと、日給月給制の会社だったので営業所配置後、即入院した私は給料がほとんど支給されず、厚生年金と健康保険料が引かれて初任給がマイナスになっていたのだ。

「足らなかった分は会社が立て替えておいたから、来月の給料から天引きするね」

本社の課長は驚く私を尻目に淡々と通達した。この世に初任給がマイナスになったという人を私は他に知らない。私はこの会社で働く意欲を失い、数か月後に辞表を出しフリーターとなった。


何度も死にかかりましたが、一番やばかったと思う。

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