第97話去る者と進む者④
日誌を読み始めて三日目。俺は気が狂いそうなのを何とか抑えながら、その日学院に登校した。
「おはようございます、セフィちゃん。ねぶそくですか?」
登校してすぐ、明らかに寝不足なセフィを見たユイが心配そうに声をかけてくる。
「うん、ここ最近ずっと眠れなくって」
「そういえば最近ずっと何かかんがえごとしているようですけど、それと関係がありますか?」
「そんなところかな。色々分かったことがあったら、話すと思うたぶん」
「たぶん、なんですね」
こんなこと話したら、大人の俺以上にユイ達の精神が狂ってしまうに違いない。
(こんな残酷な話、誰に話せるんだ)
聖女を目指していた少女達が、その道半ばで自ら命を絶っているだなんて。
(何より気に入らないのが)
学院は間違いなくこの話を知っているはずなのに、それでも新入生を迎え入れていることだ。普通ならばこんな事件が起きた時点で、学院は停学なり廃校するなり何らかの処置を取るべきだ。
(敢えて隠しているのか、この話を)
知っているのは恐らく歴代の生徒会長だけだ。他の生徒は誰にも知らされず、いつものように学院に通っている。
ーその事実が俺にとって何より気に入らなかった
(まずは会長に確認しないとな、これを見せたい真意を)
彼女は最初確かにこう言ったはずだ。セフィがやる気が出るようなものを見せてくれると。けどここにあったものは、全くの正反対。むしろ頭がおかしくなってしまいそうな、そんな内容だ。
ーそもそも小学一年生に見せるべきものでもないのだが
「はぁ......」
運動会からどうしてこうも不幸続きなのだろうか。
一方その頃。
「セフィ、ずっと調子が悪そうだよねユイ」
「はい。なにか思い悩んでいるような」
「あたしたちに頼れないような話なのかな。前もそうだったけど、一人で抱え込みすぎな気がする」
「私達が力不足というわけではないですよ。ただ、セフィちゃん頼ってくれないだけなんです」
「それがいちばんの問題、そういうことだよね......」
「はい......」
セフィとユイ達それぞれの想いがすれ違う中、この日彼女達にそれ以上の知らせが入ることになる。
「運動会以来学校をお休みしていたフランさんですが、転校することになりました」
2
朝のいつもの朝礼で先生が言った衝撃の言葉に俺は思わず言葉を失った。
(フランが転校? このタイミングで?)
原因はなんとなく分かるが、いくらなんでも判断が早いしそれほどのレベルなのか、甚だ疑問だ。
(本人に聞きたいけど、登校してないからどうしようもないよな)
フランがこの事態を本当に受け入れているのか、或いは本人の意志なのかはセフィ達には分からない。
「セフィちゃん、これってもしかしてあの件のせきにんで」
一限目が終わった後の休み時間。ユイとアリエッテがセフィの席に集まってきた。事情を知っている二人は、フランが転校という名の退学をさせられたのだと思っているのだろう。
「それは今のわたしたちには確認しようがないよ。でももしそれがほんとうなら、罰が重すぎる」
「そうだよね。あたしたちはそれよりも大きな事件を起こしているのに、がっこうをやめさせられてないし」
「そういえば確かに、私たちは遠足で」
アリエッテに言われて俺も気づく。セフィ達は遠足の時にこんなのが比べものにならないくらい、大事件を起こしてしまっている。それに比べたら今回の一件は小さい。
ーつまりフランは自分の意志で学院を辞めた可能性が高い
考えたくもないが、運動会の一件を考えると彼女は相当追い詰められていた。セフィの声が届かないほどに。
(このままフランとはお別れでいいのか? 最初はいがみ合っていたけど、何だかんだで友達になっていた彼女と)
これが彼女の意志なのかそうでないのかこの目で直接確認しないと納得できない事が多い。
「ねえ二人とも、一つ提案があるんだけど」
休み時間も少ないので、俺は単刀直入に二人に聞く。
「奇遇だねセフィ。あたしも提案があったんだ」
「私もふたりと一緒です」
するとアリエッテもユイも同じ気持ちなのか、そう答えた。
「きょうの放課後、フランの家に行ってみない?」
3
本当は放課後はもう一度生徒会室に行くつもりだったのだが、それより優先しなければならないことができてしまったので、俺はそっちを優先することにした。
(生徒会室にはいつでも行けるけど、フランに会えるのはもしかしたら今日が最後になる可能性がある。だからー)
「せっかく来てもらって申し訳ないですけど、娘は今だれにも会いたくないと言っていますわ。だからどうかお引き取りを」
三人の目の前で閉じられる家の門。彼女に会う前に門前払いを食らってしまった。
「......どうするの? これ」
「どうしようもないと思います」
「話をするいぜんの問題になっちゃった......」
三人で一緒にため息を吐く。まさか彼女の方から拒まれるなんて誰が予想していただろう。
(完全に手詰まりになったぞこれ)
解決策も特に浮かぶことなくその日は諦め翌日。もう一度三人でフランの家に行くと、今度は先客がいた。
「あれ? あそこにいるのは確か」
「キャル、だよね?」
家の門をボーッと見つめているのは、運動会で散々フランを拒絶したキャルだった。
「あっ」
「待ってキャル!」
そんな彼女はセフィ達の姿を見ると、その場から逃げ出してしまった。その後を三人で追うが、途中で見失ってしまった。
「なんで彼女が、フランの家に?」
「さあ......」