第93話異世界式運動会 閉幕
「......あれ?」
一瞬どこかへ飛んでいったあたしの意識が戻ると、あたしの身体は地面に倒れていた。
(ついさっきまで、あたしは確かリレーの走者で) 意識がハッキリしてきたところで今の状況を把握する。
「あたし、リレーのとちゅうでころんで......」
立ち上がると私以外の学年は皆、アンカーになっていた。 ーつまりこの場所に残っている、残されているのは私だけ。けど誰もあたしのことを見ていなかった。
セフィとカエデを除いて
「バトン、つながないと」
それを見てあたしは足を進める。強く打ったのか、身体中が痛いけど、それでもやりきらなければいけない。
(二人が待って、くれている)
セフィ視点 他の学年の走者達が自分の横を通っていく中で、俺は一度もアリエッテから目を逸らさなかった。
(誰もアリエッテの事を気にしていない。ならせめて、せめて俺達だけでも)
チラッとカエデの方を見ると、彼女もまたアリエッテをずっと見ていた。
(こんなのが運動会だなんて決して呼べないけど、このまま辞退してしまったら、本当の意味で負けになる)
もう結果なんてどうだっていい。言いたいことは後で言えばいい。
ーだから。
「がんばって、アリエッテ」
俺がそう言うのとアリエッテが立ち上がるのは同じタイミングだった。
カエデ視点
私の後ろでゴールする音が何度も鳴り響く。
(今ので5回。私達以外はゴールしちゃった)
残されたのは私達三人だけ。フラフラになりながらも立ち上がったアリエッテは、次の走者のセフィに向けて一生懸命走っていた。
(こんな事になるなら協力しないほうが、よかったのかな)
それを見て私はどうしてもそう感じてしまう。私にとってアリエッテはライバルだし、向こうもそれを認識している。
ーだから一緒に練習するなんて自分の気まぐれだって思っていた
けど、今一生懸命に頑張っている彼女を見ていると、どうしても言葉を口にしたくなる。
「私達はまってる、アリエッテ! 絶対にそのバトンをここまでつないでよ!」
きっとアリエッテに自分の声は届いていない。でもそれでいい。
(届かない方が今まで通りでいられる。こんな事恥ずかしくて直接言えないから)
2
アリエッテが一生懸命走っている間も誰一人彼女を心配する人はいなかった。
その“異常”さは、この学院では当たり前なのか。
(俺が何も知らなかっただけなのか?)
今日まで上の学年の生徒とここまで直接的に関わったことがなかったから、上下関係とかそんなこと考えもしなかった。
「セフィ......あとは、おねがい」
ボロボロなアリエッテからバトンを受け取って、走りだしてからも頭の中はその事ばかりを考えていた。
学院側はこれを知っていて意図的に隠しているのならば、聖女育成学校と名乗る資格があるとは思えない。
(ユシスはこれを知っているのか? 女神達も)
これが聖女を育成している学校の現状だなんて、誰が信じられるか。
「カエデ、さいごはおねがい」
「......分かってる」
そうこう考えているうちにアンカーのカエデにバトンが渡り、そして初めての運動会は幕を閉じたのだった。
3
「やっぱりアリエッテちゃんは、わざと転ばされたんですね」
「私とカエデが見ていたから、まちがいないよ」
「信じたくないけど、ここはそれが当たり前のように行われていたんだと思う」
運動会からの帰り道。怪我をしたアリエッテ、そして途中で退場したフランを除いた三人でリレーの事を振り返っていた。
「わたし信じられません。リラーシア学院がそんな場所だったなんて」
リレーを見ているしかなかったユイは、セフィ達の話を信じられない表情をしていた。
(俺だって信じたくないよ。ただの間違いだって)
でも異常を否定する材料もない。何よりそれをセフィとカエデは見てしまったのだ。
「お母さんもそこに通っていたんですよ? それなのにそんなことがあったって話、いちども」
「それは私も同じだよユイ。おとうさんはいちどもこんな話をしたことがなかった」
「知っていて話さないのか、ほんとうにしらなかったのか、それは本人にしか分からないよね」
「うん、分からないけど私は前者だとおもってる。だって、観客はたくさんいたのに、誰もおかしいって思ってなかった」
「それがセフィちゃんの言う異常、なんですよね」
「それだけではないんだけどね」
その真相はユシス本人に確認してみる必要がありそうだ。
「うんどうかい、まさかこんなことになるなんて思いませんでした」
ユイが深いため息を吐きながら呟く。俺も運動会は楽しめるものだと思っていたし、楽しかったところもあった。
けどそれを超える事が起きすぎて、楽しい思い出なんて何一つ残ることはなかった。
(一週間頑張った結果がこれなんて、報われないよな)
夕焼け空を眺めながら俺もため息を吐く。季節も冬へ近づき、今見ている景色も大きく変わる。
(冬は聖夜祭もあるし、今日みたいな事起きなければいいな)
そんな願いが叶えばいいなと願いつつ、俺は帰宅の途につくのだった。