第92話異世界式運動会 午後の部⑤
異世界式運動会 最終種目 学年対抗リレー
最終種目、学年対抗リレーは学年の中からトップ3の成績の生徒計十八人で行われる300メートル走だ。
一人100メートルをバトンで繋ぐ形で走りきり、順位を争う王道の種目だ。
走順はアリエッテ→セフィ→カエデになっていて、ある意味で大事な部分を任されている。
(散々練習してきたけど、いざ本番ってなるとすごい緊張感だな)
自分の隣を見ると他の学年の生徒が五人、その時を待っている。その中にはテレシアもいた。
「さっきの借りはちゃんと返させてもらうからね」
先程の騎馬戦でライバル視されてしまったのか、こっちを認識するなりそんな台詞を吐かれてしまう。
「それはこっちの台詞ですよ」
俺はそう返して、スタートの時を待った。
(アリエッテとカエデは大丈夫かな)
アリエッテ視点
リレーの最初を任されたあたしは、刻一刻と迫るスタートに、緊張の汗を流していた。
(こんなに緊張したの、初めてかもあたし)
遠くにいるセフィ達を見る。彼女達も今のあたしと同じように緊張をしているのだろうか。
(すこし、不安だなぁ)
次に観客席の方も見てみる。あの中にもしかしたらあの人がいるのではないかって考えると、すごく背筋が凍る。今日一日色々なことが起きすぎて、運動会そのものに集中できていなかった。
(あの人が見ているだなんて、とても考えたくない)
あの人が今更あたしに接近してきても、あたしはあの人を拒絶する。それだけのことをあたしにしてきたのだから、当然の報いだ。
(とにかく今は......)
「全員、位置について」
いつの間にかスターターがスタートの位置に立っていて、リレーの合図を出す態勢に入っている。あたし達はその指示に従って、スタートラインに立った。
「よーい」
(目の前のリレーに集中するのが最優先)
ドンッ
2
スタートの合図が鳴り響くと同時に、あたしは他の五人よりも早く最初の一歩を踏み出した。
(ここまでは練習通り)
リレーにおいて重要になってくるのは、バトンの受け渡しとこのスタートダッシュだと、セフィちゃんに教えてもらった。
走者の中で一番年下であるあたし達がいつも通りに戦っても恐らく勝ち目がない。だから少しでも有利になる必要がある。
そして思いついたのがこのスタートダッシュ戦法だった。
(バトンの受け渡しよりもこっちの練習に力を入れていたのは、正解だったのかも)
おかげであたし達一年生は、スタートの時点で一位に立つことができた。
(けどまだこれは始まり。油断はできない)
まだスタートして10メートルくらいしか進んでいないのに、もう二位の学年の生徒がやって来ている。
ーあたし達に迫ってきていたのは六年生だった
初等科の中で最高学年なのだから当然といえば当然。だからと言ってあたしだって負けない。
(このバトンをセフィに繋ぐために、あたしは!)
負けられないと力強く踏み出した一歩。
ーしかしその一歩は不幸にもあたしのバランスを崩すことになった
3
カエデ視点
運動会が始まる前から不吉な予感だけはしていた。アリエッテやセフィ達は気づいていない嫌な予感が。
(何より........)
練習の時点できっとこの結末になるであろうことは、私からも、周りから見ていても予感ー確信していた。
でももしかしたら、ってそんな淡い期待もあって。私よりも実力のある二人なら何とかなるかもしれないって。そんな確信もない期待をしてしまっていた。
ーその結果が、第一走者のレーンで出てしまっている
スタートダッシュが成功したところまではよかった。まずはトップに立つことが大事だったし、何よりリレーの練習の中で成功していなかったのがこのスタートダッシュだった。
ーだからそれが成功したときは、私も思わずガッツポーズしていた
限りなくゼロに近かった可能性を、少しでもプラスにたぐり寄せられたのだ。後はバトンの受け渡しがうまくいけば、ビリは回避できていたのかもしれない。
ーそんな小さな希望も今になっては遅い
私もセフィもその瞬間を見てしまった。一位に立ったアリエッテが、転倒するその瞬間を。
ー誰かが意図的に彼女を転倒させた瞬間を
それを目の当たりにしたとき、私達の中にあった小さな希望はこっそりと消え去ったのだった。
4
俺は今何を見せられたんだ?
ースタートダッシュに成功して、トップに立ったアリエッテ
ーその後を追っていたのは最高学年の六年生
そこまでは俺も予想通りだったし、追い抜かれても仕方は無いと思っていた。
けどその予想通りは、予想をしていなかった予想外に変わった。
ーアリエッテが転倒したのだ
(いや、違う)
ー転倒させられた
後ろを走る六年生に。足を掛けたとか体当たりをされたとか、そういう古典的な方法ではなく、
リレーで“禁止”されているはずの魔法を使って
それがどういう意味を持つのか、そんなの誰だって分かる。
ー小さな“奇跡”を起こさせないため
ー最高学年の自分達が優勝するため
「聖女になることが簡単じゃない、あっちがそう言ったのはこういう意味もあったからだよ」
「......知ってたんですか?」
「知ってたよ。去年のあっち達がそうだったから」
隣のテレシアの反応で俺は気づく。誰一人として今目の前で起きたことに、驚きも、怒りもせず何事もないように見つめていた。
(これが普通だから、誰も気に止めないのか?)
こんな事が起きるくらいなら、俺達が練習してきたこの一週間は、何だったんだ?