第88話異世界式運動会 午後の部①
フランとキャルが不在の中で始まった運動会の午後の部。セフィがこの後出るのは大玉転がしと騎馬戦、そして最終種目のリレーだ。ただ今日は午前中だけでハプニングが多すぎて、午後の部が楽しめるかすら怪しい。
ーそしてそれはユイ達も同じだそうで
「どうしてせっかくの運動会がこんなことになってしまったんでしょうね」
大玉転がしの種目までの間、他の学年の種目を眺めながらユイは呟いた。
「昨日まではこうなるってあたしも考えていなかったよ。さいごのリレーがうまくいくか不安だって眠れなかったけど、すごく楽しみだったのに」
「それはわたしも一緒だよ」
こうもトラブルが続いていると、たとえ当事者じゃなくても気分は落ち込む。特に何も関係のないユイはからに精神的なショックを受けているようだった。
「とりあえず仕方がないですけど、せっかくのうんどうかいはたのしまないといけませんよね」
「うん。年一回の大事なイベントだしね。それに何のために練習してきたかわからないし」
ユイとアリエッテはそう明るくいったが、無理をしているのははっきりしている。
「がんばらないとね、わたしたち」
かく言う俺も、自分の気持ちを隠して嘘を二人についたのだった。
~午後の部 一年生第三種目 大玉転がし~
三人でそんな会話をしている内にプログラムはどんどん進んでいき、一年生午後の部最初の競技大玉転がしがやってくる。これは一年生を三グループに分けて、一グループ三人で三メートル近くある大玉を転がして往復してくる競技だ。
〔騎馬戦もだけど女子小学生にはハードすぎる協議が多すぎるよな〕
障害物競走の時も言ったが、男子小学生ですらハードに思えるスケジュールだ。
「大玉転がしは私たち三人だったね、そういえば」
大玉を一緒に転がす三人のうちの一人、エルが意気揚々に言う。
「そういえば結構久しぶりだよね、エルに会うの」
「事情を知っているセフィちゃんなら理由はわかるでしょ?」
「そういうことだって思ってはいたけど」
彼女は小学生でありながら立派な王族の一人だ。きっと公務の方で忙しくて、学院にも通えなかったのだろう。
〔そこまでしてエルは、いや王族はセフィのことを知りたいのか?〕
後継者であるエルをわざわざ聖都にある学院にまで転校させて、セフィを調べさせようとする理由が俺には分からない。
〔狙いはセフィじゃなくて、計画そのものなのか?〕
「学院にかよえなかった間は、わたしもちゃんと練習してきたんだよ? 徒競走や障害物競走のけっか、しってるでしょ?」
「どっちもトップ、だったよね」
事件が起き続けていた裏で、エルはこっそり全競技一位を取っていた。
「エルがリレーでたほうがよかったんじゃないかな」
つい本音が漏れる。彼女は二学期からの転校生だから無理だとはいえ、足に自信がある彼女ならきっといい成果を残せたに違いない。
「わたしは無理だよ。セフィちゃんよりも潜在魔力とか劣っているんだから」
「それが本当かどうかは分からないし、関係のない話だよ。エルはわたしより間違いなく足が速いし、リレーだってきっと結果を残すと思うよ」
「いくら言っても今更変えられないんだけどね」
そんな会話をしている内に競技も始まり、どんどんセフィ達の番が迫ってくる。
〔徒競走、障害物競走どっちも満足な結果は出なかったし、ここで挽回できるといいな〕
エル、セフィ、そしてもう一人の子のグループが列の先頭に立ち、前者が運んできてくれる大玉が到着するのを待つ。
「エル・ロレアル。それが本名だったんだ……」
その時隣の女子生徒がボソッと何かを呟くのが聞こえる。彼女の隣で堂々と話をしていたのだから聞かれていても仕方がないかもしれないけど、不用心だったのかもしれない。
「エル」
流石に無視するわけにもいかず、俺は隣の彼女に聞こえない範囲で、エルに今の言葉を伝えようとしたが、彼女はそれを制止した。
「だいじょうぶ、ちゃんときいていたよ」
エルがそう答えたと同時くらいに、大玉が俺たちの元へとやって来た。
「さあトップを目指すよ、セフィちゃん!」
大玉を受け取るや否やエルは、俺たちを置いて一気に大玉を転がし始めた。
「ちょっと、待ってエル!」
そのスピードに二人は追いつくこともできず、大玉転がしが悲惨な結果になったのは言うまでもない。
2
大玉転がしも終わり、次に待っているのは騎馬戦、そしてリレーだ。午前中だけでいろいろな意味で体力をかなり消耗していた俺は、騎馬戦すらまともに体が持ってくれるのか怪しい状況だった。
〔弱音なんて吐いてられないよな〕
ユシスの前でああやって大見え切った以上、ここでリタイアしてしまったら中退する羽目になりかねない。
「はぁ……はぁ……」
障害物競走の時からやけに息が上がるようになっている。さっきの大玉転がしでさえも、エルを追いかけるのすら途中で諦めたくらいだ。
『もう、ちゃんとついてきてよセフィちゃん」
エルは不満げにそう言ったが無理なものは無理だった。いくら聖女になれる素質があっても体力はやはり小学生。無理をすればするほど、体に負担がかかる。
〔ただの疲労、それだけで済むならいいんだけど〕
異常な息切れは体のどこかが警鐘を鳴らしているのではないかと考えざるえなかった。
「セフィ、もうすぐ騎馬戦だよ? さいごにイメージトレーニングしよう?」
「え? もう、そんなじかんなの?」
どれくらいボーっとしていたのか分からないが、アリエッテの声で我に返ったときはいつの間にか次の種目の直前になっていた。
「だいじょうぶ?」
「う、うん。いつのまに眠ってたんだろうわたし……」
セフィの体に一体何が起き始めているのか、今の俺にはまだ分からなかった。