第87話反聖女教会Ⅱ
1
ユシスにはどうしても聞いておきたかった反聖女教会という組織。その組織に命を狙われたとなれば、俺も知っておかなければならなかった。
「反聖女教会、それがセフィを襲った犯人なんだな」
「うん。黒いマントの人がそう言っていたから間違いないと思う」
「黒いマント……そうか」
俺が事の経緯を伝え終わると、ユシスは何か心当たりがあるのかしばらく黙って考えている。特に反応したのは『黒マントの人』という単語だ。名前も言っていないのに〔そもそも知らないが〕特徴だけで反応を見せるのはどこか不自然だった。
「おしえておとうさん。反聖女教会ってなんなの? ただ聖女の存在にはんたいしているってわけじゃないんだよね?」
「ーああ。彼らは聖女という存在が許せないだけじゃない。その先にあることを考えて行動している」
「その先のこと?」
「今教えても何も分からないだろうから話さないが、奴らに目を付けられた以上、これからの学校生活もかなり危険だろうな」
「そんな、それじゃあ私」
「何かあったらリラーシアを中退するしかない可能性も出てくるな」
ユシスから告げられた残酷な未来。聖女になるためにここに通い始めたのに、聖女になろうとしているから命を狙われるなんて本末転倒だ。
〔だったら俺は〕
「おかあさんはそれでも聖女としてがんばったんだよね?」
「それは、そうだけど」
「ならわたしも、屈せずにここに通学したい。だってそうしないと、わたしは将来せいじょになることだってできないから」
リスクは大きい。けどここで辞めてしまったら、何のためにこの世界に転生してきたか意味がなくなる。
「それでいいのか? 俺は父親としてこれ以上セフィを危険な目に合うのを見ていられない。特に反聖女教会に目を付けられたなんてなれば、セフィの命がいつ狙われるか分からない。俺が目の届かないところでもしもがあったらって考えると、俺はー」
「おとうさん……」
同言葉を返せばĒか分からない。思えば今日までの半年間の間だけで、セフィは何度も命の危険に晒されている。それを心配するユシスの気持ちも分かるし、自分が同じ立場だったらって考えると、今すぐにでもどこか遠くに引っ越しさせたい。
「いますぐとまでは言わないけど、いつかそうなるかもしれないって覚えていてくれセフィ」
2
ユシスと話している間にも昼食の時間は経過していて、どこかに行っていたスイカさんが作ってくれたお弁当を食べながら、少ない時間を過ごした。
「ほんとう心配したよ、セフィ。トイレに行ったきりもどってこないんだもん」
「ごめんみんな。ちょっと疲れちゃって休んでたんだ」
昼食を終えて自分の席に戻ると、先に戻って来たアリエッテがセフィを見つけるなり抱き着いてきた。さっきあったことは当事者以外に誰も知らないので、突然いなくなったセフィを心配してくれていたらしい。
「しょうがいぶつきょうそうはたいへんだったんだもんね。いまは大丈夫なの?」
「うん。ちゃんと休んだからだいじょうぶ」
「それならいいんだけど……。あたし以外も心配していたんだから、ちゃんとあやまってよね」
「うん、ありがとう」
アリエッテから離れて自分の席に戻る。アリエッテも自分の席に戻ると、何か考えているかのようにため息をついた。
「どうしたの?」
「じつはセフィがどっかに行っている間にいろいろあって」
「いろいろ?」
「うん。ほら、しょうがいぶつきょうそうであの二人喧嘩していたでしょ?」
「ああ……」
障害物競走の後に色々ありすぎて忘れていたが、キャルとフランがカエデを間に挟んで争いをしていたのを思い出す。
「仲わるそうには見えなかったんだけどなぁ、わたし」
「あたしも喧嘩するほどなんちゃらって思ったんだけど。そういうわけにはいかなかったみたい」
「そんなにひどいことがあったの?」
「ひどいどころの話じゃないよ」
そう言うとアリエッテは障害物競走が終わった後の話を始めた。
3
「あなた、どこまでわたくしを馬鹿にすればすみますの?!」
自分たちの席に戻るなり掴みかかったのはフランの方だった。障害物競走でのやり取りがよほど気に入らなかったのか、フランは本気で怒っていた。
「私がいつあなたを馬鹿にしたの?」
「その態度が、ですわよ! 言いたい放題されて黙っていられるほどわたくしは心がひろくありませんのよ!」
「ずぼしだったから怒っているの?」
「あなた、ね!」
「フランちゃん落ち着いてください。喧嘩はよくありませんよ」
「それを近くで見ていたユイが止めに入るものの、二人はまるで聞く耳を持たない。
「こうなったら運動会より本当の対決でしろくろつけるひつようがありますわね!」
そしてその喧嘩はいつしか魔法による直接的な対決へと発展した。
ーそしてその結果、
「がくいんちょうにバレて、きょうせいたいじょう?!」
昼ももうすぐ終わりの時刻になり、皆が自分たちの席に戻ってくる中でフランとキャルの姿が見当たらないのはそういうことだったらしい。
「わたしも必死に止めたんですよ? それでもふたりは止まらなかったんです」
自分の席に戻って来たユイが疲れた顔で言う。被害はなさそうだが、アリエッテの言葉以上に激しい喧嘩だったらしい。
「けんかするほど仲良く、なれなかったんだね二人」
「はい……」
運動会午後の部は、午前の部よりも更に重い空気の中で幕が開けた。