第85話異世界式運動会 午前の部 後編
キャルが自分の席に戻り、残されたフランと俺達の間には気まずい空気が流れた。
〔なんでよりによって、こんな悪いことばかり起きるんだ〕
せっかくの運動会でも、こんな調子では楽しみたくても楽しめるはずがない。一度狂ってしまった歯車を簡単に戻すことはできない。
ーアリエッテとフランの二つの問題
いつかは起きることだったとしても、間が悪すぎる。しかもアリエッテの件については俺も関わってしまった。このまま何事もなっかようにするのは難しい。
「セフィちゃん、そろそろ次の種目ですよ。どうするんですか」
「どうするっていわれても……」
今俺がどうにかできるような問題ではないのははっきりしている。
〔親子の問題と、幼馴染同士の問題か〕
小学生らしい問題ではあるが、それを解決できるのは本人たちだけだ。他人の俺やユイにどうにもできない。
「とりあえず私たちはうんどうかいを楽しもう、ユイ。フランもいまは話をしたくないだろうし」
「そう、ですね」
~第二種目 障害物競走 異世界版~
初等科一年生の次の種目は障害物競走。これも運動会では定番と言えば定番だが、この種目は異世界らしい障害物が並べられている。
ー例えば風の魔法が流れているエリアを綱渡りしたり、足場が氷でできているエリアもあったり
安全は保障されているが、かなり命がけな部分が多い。
〔遠足の時も思ったけど、聖女を育成する割には結構命の危険性がある行事が多いよな〕
障害物競走で一緒に走るのは、フラン、セフィ、キャル、そしてカエデという、徒競走の時とキャル以外メンバーが違う組み合わせになった。
徒競走のことがなければ、キャルの存在を気にすることはなかったが、メンバーにフランがいると考えると気が気ではない。
「さっきのやり取り、私もきいていたんだけど、なにかが起きそうでちょっとしんぱい」
フランとキャルを見ながらカエデが呟く。
俺も彼女に同感で、順番を競う競技で二人が対決すると考えると何かが起きそうなそんな予感がする。さっき言ったように、この障害物競走は危険な場所が多い。今のところけが人とかは出ていないが、何かが起きてしまったあとでは遅い。
「ねえカエデ、ちょっと相談したいことがあるの」
2
俺たちのグループのスタートの音が鳴り響くと同時に、カエデと視線を交わし小さくうなずく。
俺はフラン
カエデはキャロル
それぞれが目的の人物の妨害を始めた。
「な、なんのつもりですの?! セフィ」
「ごめんねフラン。でも何か起きた後じゃ遅いから」
「なにかって、なにを」
セフィとフラン、カエデとキャル。それぞれの組み合わせがコースの左右両端に寄り、フランとキャルを近づけないコース取りをしたまま第一エリアに突入する。
第一エリアはネットの下をくぐっていくあれ。
「どうしてじゃまをしますの? これだとここをとおることすら」
「それでいいの。わたしは二人に何かあってほしくないから」
「わたくしはなにもするつもりは」
ちょっとした二人三脚の状態で第一エリアをフランと一緒に突破する。若干カエデとキャルとの差が開いたので、最初の問題はクリアした。
次のエリアはさっき言った綱渡り。ここでは一人一本の綱が用意されていて、他の場所を渡れば反則になる。
〔これなら互いに干渉することはできないから、何かが起きることはないはず〕
なるべくカエデ達との距離を広げたいので、フランと同じタイミングで綱を渡り始める。横から吹く強力な風の魔法に、バランスを崩しそうになりながらも綱渡りをしていく。隣を渡っているフランの姿を見ると、彼女の姿が消えていた。
「え? フラン?」
綱渡りを終わった後にフランの姿を探してみるが、姿が見当たらない。先に進んだのかと思ったが、よく見るとフランは綱渡りを始めてすぐに落ちてしまい、最初に戻されていた。
つまりどういうことかというと、
「さっきはよくも好き放題いってくれましたわね。あなたがなんて言おうと、わたくしはあなたの幼馴染ですわ!」
「あなたの周りにはともだちが十分いるでしょ? いつまでもわたしに執着しないで」
こういうことである。カエデを間に挟んで二人は口喧嘩を始めてしまった。
(いや口喧嘩なのか、これ)
耳を澄ませてよく聞くと、さっきよりも仲が悪いようには見えない。喧嘩するほど仲がいいって言うが、その言葉の通り二人ともお互いを本当に嫌っているようには見えなかった。
〔カエデには悪いけど、ここは任せるしかないな〕
今セフィが一位である以上、徒競走のリベンジができる絶好のチャンス。俺は三人を置いて、次のエリアへと走り出した。
「う、うらぎりものー!」
障害物競走第三エリアは十メートルほどの水泳で、ここは難なく突破。フラン達との差もかなり開いたので、このまま一位になれそうだ。
「はぁ、はぁ」
最後のエリアは魔法によって作られた二メートルほどの大きな像の破壊だ。勿論破壊方法は魔法のみ。
〔こんなの一撃で破壊できる!〕
今までの経験上、セフィの魔法の威力ならこのレベルのものは一撃で破壊することができるはずだ。俺は一度精神を集中させ。目の前の像に火の魔法を放った。
ー木っ端みじんになる像
ー破壊された先に広がる視界
俺はゴールテープに向けて走り出した。
3
障害物競走も無事終了し、午前の部の一年生の種目は、これで無事終了した。少なすぎるように見えるが、元々一年生のプログラムは少なく設定されているらしい。午後の部も合わせるとリレーを除いて四つ。普通の学校とは違うので、これが妥当なのかもしれないと俺は思った。
ーしかしこの日、運動会とは関係のないところで別の物語が動き出した
「トイレ、トイレっと」
それは観戦の合間を縫って一人でトイレに向かっていた時だった。
「ようやく見つけたわ、忌々しい聖女の血筋」
それはセフィに向けられた憎悪の言葉。今までは好意的なことばかりを聞いてきたが、この日俺が聞いた声は明らかに正反対のものだった。
「だれ?」
トイレに入ろうとした足を止めて振り向くが誰もいない。
〔空耳か? いや、でも〕
わざわざ声の主を探す必要もないので、俺は気にせずトイレを済ませた。
〔今まで聞いたことがないくらい憎悪の声。セフィというより聖女を恨んでいるみたいだったな〕
「反聖女教会、それが私たちの名前よ」
しかしトイレを済ませ外に出たところで、ソレはセフィの目の前に現れた。
ー^反聖女教会^という名前と共に
ー真っ黒なマントを全身に纏って
「はん、せいじょきょうかい?」