第81話異世界式運動会 前夜
その日の帰り道。
「あした、だいじょうぶかなあたし」
やれる限りの練習はしたものの、不安が残っているのかアリエッテがそんな言葉を漏らした。
「カエデも協力してくれたんだから大丈夫だよ」
「ほんとう?」
「ほんとだよ、わたしはアリエッテを信じてる。その為に今日まで練習してきたんだから」
励ましとかそういう意味で言っているわけでゃなく、俺は心からそう思っていた。
(最後の練習、今までの中で完璧だった。俺だけじゃなく皆がそう感じていたし、カエデですら大丈夫だって言ったんだ)
カエデがわざわざ練習に参加したのは最初は驚いたけど、彼女なりに気遣ってくれたのかもしれない。喧嘩をする割には何度かアドバイスをしてくれていたし、俺自身も学ばされることがあった。
「セフィちゃんがそう言うならしんじるよ。あたしもちゃんと練習をしたんだから」
「その意気だよ、アリエッテ」
アリエッテが少し元気を取り戻したところで、彼女とも別れ一人になる。
(いよいよ明日か)
完璧に成功することはないだろうけど、皆が満足するような運動会になればいいと俺は願いながら帰宅の途についた。
■□■□■□
「え? あした、お父さんも来てくれるの?」
その日の夕食。明日の運動会にスイカさんだけではなく父ユシスも来てくれることが分かり、俺は少し驚いた。
「セフィの初めての晴れ舞台だからな。無理言って休みをもらったんだ」
「はれぶたいだなんてそんな、恥ずかしいよ」
「そう言いながら嬉しいそうですよ? セフィちゃん」
「そ、そういうわけじゃ......」
嬉しい反面恥ずかしいの気持ちの方が強い。
(懐かしい気持ちになるなこれ)
高校生の時は体育祭が無かったので、こういう行事自体が中学生以来だ。親が見に来るのに緊張するなんてそれこそいつ以来だろう。
「俺達は応援しているから、頑張れよセフィ」
ユシスにそう言われると尚のこと緊張が高まってくる。
〔明日、絶対に失敗できないな〕
高まる緊張を抑えながら、俺は翌日の運動会を迎える。
セフィが寝静まった後ー
「セフィちゃん、寝ましたか?」
「はい。ここ最近ずっと頑張っていたみたいだから、疲れていたんだと思います」
「余程楽しみなんですね、運動会が」
「セフィにとっては初めてのことだからな。スイカさんはそういうの参加したことはなかったんですか?」
「私は昔からこんな感じですから、運動会なんてほど遠い生活だったんですよ」
ユシスの言葉にスイカは諦めたように言う。
「王宮魔術師ってその頃から、魔法の研究をしているって俺も聞いています」
「私は高等科を卒業した後から本格的に王宮魔術師として魔法の研究をしていたのですが、そういう子もいるみたいです」
「小さい頃から……それって聖女になるために教育しているリラーシアみたいですね」
「聖都が聖女を育て上げようとするように、王都は王宮魔術師を育て上げる教育をしていますから」
もし自分の目が見えていたらとスイカはたまに考えることがある。
王宮魔術師の教育が遅れていたのは、この目について王族側が同情に近い形で猶予が与えられたようなものだった。もし最初からこの目が見えていたら、もっと小さい頃から王宮魔術師として教育を受けていたのかもしれないと。
(そしたら、私の人生も少しは変わったのでしょうか)
その答えはスイカ自身も分からなかった。
「ユシスさん、私は目を見えていた方が幸せだったのでしょうか」
その答えを求めるかのように、スイカはついそんな愚痴をこぼしていた。
「その答えは俺には......分かりません。今スイカさんがどう感じているのかは、スイカさん自身にしか分からないと思いますから」
「私自身が......」
(私の幸せ......)
今自分がこの場所で家庭教師として、セフィとユシスと一緒に過ごす。それだけでも自分は幸せだとスイカは思う。
(でも......私が求めるのって......)
家庭教師と教え子、あるいはそれ以上なのかもしれないと彼女はこの頃から思い始めたのだった。
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迎えた初めての運動会当日。
「おはよう、セフィ。よく眠れたか?」
「うん、バッチリねむれた。今日はちゃんとがんばれると思う」
俺は元気にユシスとスイカさんに挨拶をした。
(寝不足だなんて、言えないよな)
二十歳を越えた自分(セフィはまだ六歳だけど)が運動会に緊張して眠れなかっただなんて口を裂けても言えない。
(これはプレッシャー、なのか?)
折原光としての人生の中では、決してこんな緊張感を覚えることはなかった。まず運動会に向けてこんなにも練習したことがなかったし、リレーのメンバーに選ばれたことだってなかった。
(何かの代表なんて、一度選ばれなかったからな......)
けどセフィとして代表に選ばれた以上、結果は残さなければならない。アリエッテやカエデも同じようにプレッシャーを感じているだろうけど、俺の緊張はそれ以上のものだった。
(失敗は許されない)
ユシスやスイカさんに何度か声をかけられたが、それに答えられないくらい俺は緊張をしたまま、リラーシアへと登校するのだった。