第69話幸せに生きる道
産まれてきたセフィは、普通の赤ちゃんより少し少し小さく体重も軽めで、成長も少し遅い子でした。
(この子に何があっても私が守ります。残り少ないこの命、少しでも貴女に)
「ソフィ、大丈夫か? だいぶ疲れているように見えるけど」
「大丈夫ですよユシス。セフィちゃんのことを考えると、休んではいられません」
「それは分かるけど、無茶だけはするなよ」
神様から与えられた一年間という期間。私はセフィにできる限りのことをして、何とか小さい体を守り続けました。
「なあソフィ。本当に計画は成功しているのかな」
時にはユシスも不安を口にすることもあり、私はその度に彼を慰めました。
「それは神のみぞ知るですよ。でも、私は信じますよ、神様は裏切らないって」
自分の腕の中で寝息を立てているセフィを見る度に私は思い出しました。あの時、神様が私に言った言葉を。
『貴女の強い意思は伝わったよ聖女ソフィ。貴女の子供がこの世界の未来を作ってくれるとそう信じて力を貸してあげる』
『ありがとうございます、シェリ様』
『本当はこんな計画、さっさと終わらせないといけないんだけどね。世界のことを考えると、どうしてもそっちの意志が強くなるの』
『......その気持ち分かります。この子が生きられないって言われたら、真っ先に浮かんでしまったのがこの計画でした』
誰もが一度は踏み外してしまう道。私がたとえ聖女であっても、正しい道を選べないときだってある。特に自分の家族のこととなれば、私もそっちを優先してしまいます。
(私だって聖女である以前に一人の人間、一人の母親ですから......)
『聖女ソフィ、貴女に最後にひとつ聞きたいことがあるの?』
『何でしょうか?』
『この世界に本当に聖女は必要だと思う?』
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「聖女は必要か、か」
私はこの質問を一度ユシスに聞いたことがあります。私自身の答えは決まっていましたが、どうしても彼の答えも聞いてみたかったんです。
「こんな計画で聖女が成り立ってきた言われたら、必要ないって思うけど、俺達にとっては聖女がいて当たり前の世界だからな。そう簡単に排除できない」
「そう、ですよね。この子にも、いずれそれを背負う時がくるのでしょうか」
「世界が、望んだらな」
ユシスのその言葉に私は黙ってしまいました。
(世界が望んでも、この子の意思はどうなるんでしょうか)
私は神様の質問に必要はないと答えました。呪いとか病気とそういうのを抜きにして、私は聖女というのは必要ないと答えました。
聖女と言っても一人の人間。
そんな一人の人間が、世界を背負って生きていくなんてあまりに辛すぎる。恋人も家族も、そして子供もまともに作れない、そんな悲しい人生は終わりにしなければならない、そうユシスに伝えると、彼は「そっか」と一言言うとセフィを抱っこした。
「ならセフィには別の夢を持って貰わないとな。たかいたかーい、ほら、今度はパパが抱っこするぞ」
「別の夢、ですか。って、セフィ泣いちゃっているじゃないですか。もっと優しくしないと」
「っと、ごめんなセフィ。パパもまだまだ慣れていないんだ」
「もう、しっかりしてくださいよ。これからはユシスが育てていくんですよ」
「っ!」
私の言葉にユシスは黙ってしまいました。何を隠そう私達がいるのは病室、病人は私でした。
「まだ、分からないだろ」
「まだ、かもしれませんが、それがどれくらいまでなのかは私にも分かりません」
セフィを産んでから、私の身体は少しずつ弱っていきました。この日記を書いている今も、ペンをまともに持てなくなってきていて、文字を書くことも難しくなっています。
でも私は最後まで日記を書き続けます。
いつかこの日記を私の子供が、セフィが、よんでくれるように。私が聖女としての証を残すために、私はこの日記を書くことをやめません。せめてこの計画が無事成功して、もう少しだけ成長する姿を見れるまで、この体を持たせてみせます。
だからおねがいです神様、わたしにもう少しだけいきるちからをください。
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日記に書いてあったようにペンもまともに持てなくなったソフィの日記は平仮名がどんどん増えていってる。
(俺の、いや、セフィの為にここまで......)
けどこの日記を読んだおかげで、ずっと疑問に思っていた謎が解けた。それは何故俺がセフィとして目覚めたのが一歳からだったのか。
(俺の魂がセフィに着くまで一年、かかっていたんだな)
目を覚ましたらすぐにこの世界だったので、その間に何があったのかとか分からなかったけど俺は一年もの間眠っていたようなものだったらしい。
「よく伝わったよ、ありがとうおかあさん」
俺はここでようやく家に帰る決断をする。
「ようやく帰る気になった?」
「うん。まだこの日記には続きがあるけど、おとうさんと話がしたい」
「そう、じゃあ」
フィアは突然飛び上がると俺の腕を引っ張り、空へと飛んだ。
「え、ちょっと」
「これの方が歩いて帰るより断然早い」
「そうだけど!?」
俺はこの後十分くらい強制的に空中散歩をさせられたのであった。