第61話母が遺した物
アリエッテから言われたズルいという言葉。
きっと子供心の言葉なんだろうけど、俺にはすごく響いた。
(ズルい、か。チート能力を持つとこんな事を言われるんだな)
薄々思っていたことではあったけど、それを面と向かって言われたら俺だってショックを受ける。
「どうしたんだセフィ。最近元気ないじゃないか」
「おとうさん......」
夏休みも終わりかけたある日、彼女の言葉に色々考えさせられた俺は、ユシスに心配されるくらいになっていた。
「旅行で何かあったとは聞いていたけど、友達と何かあったのか?」
「うん......。少しけんかをしたの」
「喧嘩か。子供らしくていいじゃないか」
唯一事情を知らないユシスには、喧嘩したとしか言えない。本当は一番に彼に話さなければならない事なのに、俺にはまだその勇気がなかった。
(いつか話さないと駄目だけど、今は)
「ねえおとうさん、ひとつきいていい?」
「ん?」
「おかあさんは聖女になってから、その、だれかに嫌われたりとしたことってあった?」
「母さんが嫌われたり、か。聖女になる前とかは分からないが、母さんは誰にでも分け隔てなく接していたから、そういう話はあまりなかったんじゃないかな」
「やっぱりそうなんだ」
「誰かに嫌われたりとかしたのか?」
「そうじゃ、ないけど。おかあさんのこと、少し知りたくなって」
俺がユシスに何故今そんなことを聞いたのか。
それは聖女として大きな力を持っていたソフィを、もしかしたらアリエッテのように妬む人間が居たのではないかと思ったからだ。
(これから聖女を目指すなら、いずれまたぶつかる壁でもある。大人になればなるほどこういう話は絶対にややこしくなる)
今は相手が小学生だから、マシだ。けど相手が大人になっていくにつれて、嫉妬は深くなっていく。
「母さんをもっと知りたい、か。まさかその年齢で言われるなんてな」
「おとうさんとの出会いのはなしはきいたけど、おかあさん、ううん、聖女については全くしれてない。もちろんこれから学ぶことだけど、アリエッテにあんな風に言われて、もっと知らなくちゃって思ったの」
「そうか......ならセフィ、お前に見せておきたいものがある。ちょっと待っていてくれ」
そう言うとユシスは一度自室へと向かう。
数分後
自室から戻ってきたユシスの手には、一冊の本が握られていた。
「それは?」
「遺品整理をしていたときに見つかった、母さんの、ソフィの日記だよ」
「おかあさんの......日記?」
■□■□■□
『○月×日 フィーネ様に部屋に呼ばれて、私に次期聖女になってほしいと頼まれました。私はまだまだ見習いですし、正直この役目はあまりに重すぎる気がします』
ユシスに渡された、母ソフィが遺した日記の最初は、自分が先代聖女フィーネに、聖女になってほしいと頼まれたところから始まっていた。何故書き始めたのかとかは書いていなかったので特に理由はないだろうけど、こうして母親が遺した物に触れるのは初めてだった。
(しかしまあ、日記まで敬語とは、本当性格が出てるよな)
俺はソフィが遺した日記を読み進めていく。
■□■□■□
「ソフィ、貴女にお願いがあります。私の跡を継いで聖女になってもらえないでしょうか」
「フィーネ様の跡を私がですか?」
ある日突然、フィーネ様から告げられた聖女になってほしいという願い。跡を継ぐことは簡単ですが、継ぐ荷が私にはまだ重すぎる、そんな気がしました。
「フィーネ様、どうして私なんですか?」
「貴女は長らく私の付き人として過ごしてくださいました。その中で私は、貴女の中にあるすべてを包み込む優しさと、それ相応の力があることを見出だしたんです」
「私にそんな力は......」
「こんな事をいきなり言われて、戸惑う気持ちは分かります。ですがソフィ、私にはもう時間が残されていないんです」
「っ! フィーネ様、もしかして」
「はい、私の命もまた、間もなく尽きます」
「そんな......」
聖女の命がかなり短命というのは私も以前から聞いていました。その為聖女の代替わりがすごく早く、色々なことが間に合わなくなっていることも。
(もし私も聖女になったら、同じような道を歩むことになるのでしょうか)
「少しだけ考える時間をくれませんか?」
「勿論です。すぐに答えなんて出せないのは分かっていますから」
「ありがとうございます」
フィーネ様と話してから一週間ほど、私は答えを出すのにたくさん悩みました。聖女というものはどういうものなのか、そして聖女になった人間がたどる結末。
(やはり......長くは生きられないんですね)
聖女教会にある古い書物を読み漁り、少しでも私がなろうとしているものを知っていきました。
そんな中で一つ、聖女とはまた違うとある文献を見つけたんです。
「聖者転生.......計画?」
聖者転生計画
かなり古いその書物には、自然的に聖女を産み出すのではなく、神様の力を借りて人為的に聖女を産み出すという聞いただけで背筋が凍るような計画でした。