第59話聖女になるということ
母ソフィは、よく子守唄として自分のこと、そして聖女の話をよく聞かせてくれた。
「お母さんはこう見えて、少し前まで聖女という世界の中心人物だったんです」
自分を語る彼女の表情は、いつも嬉しそうな顔をしていた。
たとえ聖女になったせいで自分が病におかされたとしても
たとえ聖女になったせいで自分の命が短くなったとしても
それを責めず、後悔もせず、いつも嬉しそうな表情を浮かべていた。
「でももし」
でも時々悲しい表情を浮かべることもある。
「もしセフィ、貴女が将来聖女になる時がきたら、これだけは覚えていてほしいんです」
それはセフィ、つまり俺が目指すであろう将来を語るときだ。きっと彼女は自分の境遇を全身で感じているからこそ、子供には自分と同じ道を歩んでほしくないのだろう。
だから彼女はこの話をする時、いつもこう言葉を残していた。
「聖女になる、世界を守るということは想像するよりはるかに過酷で困難なことです。今の貴女にはきっと伝わらないと思いますが、いつかきっと、この言葉を思い出してくれると嬉しいです」
母親としてのソフィの言葉は最初からずっと俺の心には届いていた。そしてここでの生活が長くなっていく内にあの時ソフィが言った言葉の意味が分かってくる。
(もし、もし希がこの言葉を聞いたらどう思うだろうか)
それを考えた時、やはり俺が転生して間違っていなかったと思える。彼女が、いや、彼女達がこれから犠牲になっていくくらいなら、俺がここで終わらせるべきだ。
(三人には申し訳ないと思っている。けど、この先の未来を見るなら俺が......)
「起きていますか? セフィちゃん」
ふとユイに声をかけられたところで俺は現実に戻ってくる。
「おきているよ。なかなかねむれなくて」
「私も、です。きょうはいろいろなことを知りすぎて、あたまがいっぱいです」
「ごめんね、私が余計なことをしたから」
「あやまらないでください。わたしも言いすぎましたから」
「でも……」
「私がいいって言っているんですから、なかなおりしましょう」
「うん……」
喧嘩はしていなかったけど、俺はユイに対して少しだけ負い目を感じていた。
今日まで知ることがなかった母親の真実
そして友達の隠し事
俺のことはともかく自分の母親のことなんて、今日みたいなきっかけがなければきっと知ることがなかった。
知らなくていいことを彼女は若干六歳にしてしってしまった。
それには俺にも責任がある。
「セフィちゃんは私達のしらないところで、たくさんがんばっているんですね」
「え?」
「え? じゃないですよ。だってセフィちゃんはじぶんが男の子でありながら、それをかくすためにきょうまでがんばってきたんですよね。だから頑張っているじゃないですか」
「せいかくにはちがうけど……」
別にセフィが男の子というわけじゃなく、魂が男なだけなのだがその辺はやはりまだ理解できていなかったみたいだ。
「わたし思い出したことがあるんです」
「思いだしたこと?」
「わたしがあかちゃんだったころ、おかあさんがよくはなしていたんです。聖女について」
「わたしもそうだったよ」
「おたがい聖女をお母さんにもつと、いろいろ聞かされるんですね。でもそのはなしに時々うまれかわりとか言っていたのを思い出したんです」
「生まれ変わり……」
つまり聖者転生計画のことだろう。赤ちゃんだったころのことを覚えているくらいだからよほど話を聞かされていたのだろう。
「スイカさんからはなしをきいてわかったんです。おかあさんもそうだったんだから、よくそれをおとぎ話のようにはなしてくれていたんだって」
「……」
「そしておもったんです。わたしたちが目指しているものはそこまでしないとなれないんだって。そうなんですよね?」
「それは……わからない。わたしのおかあさんはそうじゃなかったから、全部がそうじゃないんだと思う」
聖者転生計画はユリエルの代から始まった計画だ。だから他のの聖女はどうだったのかは分からないし、必ずしもそうとは言い切れない。
「でも」
「でも?」
「私達が目指しているものは、せかいを守る存在んなんだから、それくらいのじつりょくは必要なのかも」
「そう、ですよね……」
聖女
世界のためにその大きな力で癒しで包み、世界のためにその命を賭す。俺達が目指しているそれは、ソフィが言っていたように過酷で困難なことだ。
(俺だってこれだけの力があっても本当になれるかもまだ分からない)
たとえ俺に課せられた使命があったとしても、その覚悟を決めることができるのか。まだまだ遠い未来の話かもしれないけど、俺達が目指すものはそういうものだ。
(もっと知らないとダメだな聖女のこと。それに……)
「ねえユイ」
「どうかしましたか?」
「わたしのお願い事一つだけ聞いてくれる?」
「お願い事ですか?わたしにできることなら」
「わたしにもういちど、ユイのおかあさん、聖女ユリエル様に会わせてほしいの」
同じ境遇にいる彼女に、今度はセフィとしての立場ではなく俺自身の立場として一度会っておかなければならない。