第54話もう一人の転生者
「ユイちゃんも知りたいんですか?」
「は、はい。おかあさんから言葉だけはきいたことがあるんですが、くわしくはしらないので」
ユイに誤魔化せないと判断した俺は、仕方なく彼女と一緒にスイカさんの部屋に。一緒にやってきた彼女を不思議がることなく迎え入れたスイカさんは、耳打ちをしてくる。
「なるべく隠すようにしますので安心してください」
「……はい」
俺は元気なく答える。そもそもこの話は俺がその計画に参加していることが前提になっているため、スイカさんがどう隠そうとしても難しいところがある。
(もしユイがそれに気づいたら……)
小学生だから考えすぎかもしれないけど、どうしても気がかりだった。
「聖者転生計画、ユリエル様の娘であるユイちゃんは少しだけ聞いたことがあるかもしれませんが、簡単に言えば新たな聖女を誕生させるために、別の方がこの世界の神様から力を授かって、新しい人間に生まれ代わってもらうということです」
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「こうしてお会いできるのは戴冠式以来ですかね、スイカ」
「久しぶりですね、ユリエル」
三日前。セフィちゃんの話を聞いて独自に計画を調べていた私は、ようやく聖女教会、いや世界の中心人物である聖女ユリエルと話をすることができた。実は彼女とは先代聖女との仲もあってちょっとした知り合いだった。
「まさかスイカがわざわざ尋ねてくるなんて、ビックリしましたよ。貴女だって忙しいはずですよね。ユイから話を聞いていますが、家庭教師を始めたとか」
「そこまでバレていましたか。ユシスさんに頼まれたんですよ、彼女のこと」
「彼女……セフィさんのことですよね」
「あれ? 面識ありましたっけ」
「数か月前にユイと一緒に聖女教会に来たことがあるんです。その時にお話ししました」
「そうだったんですね」
「彼女に私に代わって聖女にならないかと言ったら、断られましたが」
「そんなこと言ったんですか?! セフィちゃんはまだ六歳ですよ」
「それは分かっています。ですが」
まだ小さい子なのにそんな大役を任せるのはあまりにも酷すぎる。でも彼女が急いでいる理由も私には分かった。
「やはり残されている時間がないんですね」
私が視ることのできる魔力の流れ。その流れがユリエルの中では微弱なものになっていた。
(聖女になったあの日よりも、ユリエルの魔力が明らかに少ない)
魔力枯渇症
聖女になった人間がかかる呪い、みたいなもの。それは確実にユリエルの体をも蝕んでいた。
「……貴女には隠し事はできないですね、やはり」
「目は視えなくても、私には分かっちゃいますから」
私がそう言うとユリエルは少しだけ寂しい表情を浮かべて、「そうですよね」おつぶやいた。
「それでスイカじゃ今日何しにここへ?」
「あ、そうでした。ユリエルに聞きたい事があって来たんです」
「私にですか?」
「ユリエルは聖者転生計画、って言葉を知っていますよね?」
私の言葉にユリエルの表情が険しいものに変わる。
「知っているか、ではなく知っている前提で聞くんですね」
「聖女教会トップの貴女が知らないはずがないと思っていますから」
「その通りではあるんですけど……。まさかスイカからその言葉を聞くとは思いませんでした」
「私も……多分関わることのない言葉だとは思っていました。けど」
「セフィさんの影響ですね」
「そこまで分かっているんですね」
流石は聖女、なのかもしれない。私がユリエルの隣に腰掛けると、彼女はこう口を開いた。
「既に知っていると思いますけど、この世界には先代聖女のような大きな光の力を持つ人間が長らく生まれてきていません」
「その話は聞いたことがあります」
「それによって世界は少しずつですがバランスを崩し始めています。今の私が手の届かないようなところで少しずつ、確実に」
”世界のバランス”
ユリエルが言うように今この世界は、少しずつだけど闇の力に蝕まれ始めている。ある日突然村が消えたりしている現象がまさにそれだ。そしてそのバランスを保つために存在するのが聖女。
大きな闇を大きな光で包み込み消滅させる
「先代聖女ソフィ様は、まさに大きな光でした。今の私ですら足下に及ばないくらいに」
しかしその聖女が五年前に亡くなり、次の聖女が必要になった。しかし、
「先代、いやもっと前からですかね、この世界には生まれながらにして聖女の素質がある人間はいなかったみたいです。だから次期聖女を選ぶのには大変苦労したと聞いています」
そんな時だった。聖女教会は長年秘密裏で進められていた計画の最初の成功者が誕生した。
「だから聖女教会はいざという時のための保険を用意していたんです」
神からの力を授かってこの世界に生まれてきた一人の人間
「その保険は幼少期から二人の神に授かった力を持ち、一人の大人として成長しました」
彼女が大人へと成長し、その資格を得た。
「ちょっと、待ってください。今の話からするとユリエル貴女は」
私は言葉を震わせながら、その彼女を見る。
「はい、私も……聖者転生計画の成功者なんです」
私を見つめ返す彼女……ユリエルは、どこか悲しそうな表情を浮かべていた。