第50話魔法使いの弟子
「てつだうって、わたしまだ何もできないですよ」
「それはこれからわたしが教えていきます。学校では教えられない部分もセフィちゃんにはしっかり教えてあげますよ」
「でもどうしてそんなとつぜん」
「何となくですが、セフィちゃんなら役に立ってくれそうな気がしたんです。魔法の素質は十分にありますから」
「まほうのそしつ……」
セフィ自身に素質があるのは否定しないが、俺自身の知識として果たして役に立てるかどうか分からない。
「どうですかセフィちゃん、私の弟子になってみませんか?」
「スイカさんさんのでしに、わたしが……。でもなんでその話をわざわざこの部屋で? おとうさんの前で話してもよかったのに」
「それはセフィちゃんが話しづらいかなって思ったからですよ」
「話づらい?」
「先日私が言ったこと、覚えていますか?」
「先日?」
「何か困った事があれば私達大人を頼ってください、って言いましたよね?」
言われたことは覚えている。しかし頼ることができない現実を突きつけられ、心が痛んだ事も覚えている。
「私ずっと気になっていたんです。どうしてそんなにノゾミさんに執着しているのか、って。もしかしたらそれと関係あるんじゃないかって思ったんです」
「それ、は……」
遠からず間違ってはいないのでどう答えればいいか分からない。悩んでいたのは自分が元はセフィという人間ではないという事だし、希も元は同じ場所に住んでいた人間だ。
ただその事情を誰かに相談なんてできない、それはもう何度も自覚した事だ。
(そこをブレてどうするんだ俺は。俺自身の意思を貫かないでどうする)
「どうしてそこまでして黙っていたいんですか?」
「だれにも話せない、話したくないから、です」
「そうやっていつまで抱え込んでも意味がないですよ?」
「それは分かっているんです。でもわたし、は……」
スイカさんの優しい言葉に視界がまたしても滲む。
(こんなに優しい世界なのに、俺はいつまでこうするんだ?)
ずっと本当の自分を誤魔化し続けて、いつ終わるか分からないこの偽物の生活。
(もし俺のこんな話を誰かが理解してくれるなら……)
「どうしても話せない事情があるんですか?」
「は、い。話してもきっとりかいできないと思うんです」
「それは話してみないと分からないですよ?」
「ほんとう、ですか? スイカさんさんは、わたしの話をきいて、しんじてくれますか?」
目の前にいる彼女が、
「セフィちゃんが嘘をつかないと、約束してくれるなら、ですよ」
「スイカさん、さん」
自分を信じようとしてくれる彼女がそうなのかもしれない。
「わたし、しんじます。スイカさんさんが、このはなしを信じてくれるって。だからスイカさんさんにだけは、話します」
それはある意味大きな決断だったのかもしれない。けど俺はそれを後悔はしていなかった。
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嘘みたいな現実の話。
「聖者転生計画、ですか。名前だけは聞いた事があります。と言ってもその計画を知るのは聖女教会のほんの一部しか知らない話らしいです」
以前ユイから出た計画の名前。たった五年前、折原光という人間はこの計画に巻き込まれ、セフィという人間に生まれ変わった。
「ではセフィちゃんは身体は本人でも中身は」
「全く別人です。こうして流暢に話せているのが証拠だと思ってください」
「じゃあ普段のセフィちゃんは」
「勿論演技、の部分もあります。元の一人称は俺、ですから」
「ここまで言われると嘘ではなさそうですね……」
スイカさんはそう言うと深く考え始めた。
(やっぱり簡単には信じられない話か……)
俺には既に当たり前の生活なそれも、周りから見れば当然普通じゃない。それを信じろと言われてもすぐには難しい話だ。
数分後。
「分かりました、貴方を信じます。ここまでちゃんと話してくれたのに、嘘だとは思えないですから」
「本当ですか?」
「話を聞く限りだと五年間、ずっと一人で頑張ってきたみたいですから。せめて私一人でも味方になりますよ」
「ありがとう、ございます」
スイカさんのその優しい言葉に、俺はずっと堪えてきたものが溢れ出した。
「ずっと、頑張っていたんですね」
「だれにも話せなかったから。まだこんな歳だし誰かに話したら、絶対変な人に思われると思ったから」
「ただでさえこの世界の人間じゃないなら色々苦労しただろうに、本当よく頑張りました」
泣き崩れるセフィをスイカさんは抱きしめてくれた。
「だから今度からは無理する必要はないんです。私が貴方の力になりますから」
「私の?」
「その代わり、私がさっき言ったことを一緒にしてくれますか?」
「魔法の研究を手伝うって話?」
「これでお互いを支え合う関係になりますから、Win-Winだと思いますよ?」
「分かりました、手伝います。私に出来ることなんて限られていると思いますけど」
返事に迷いはなかった。彼女が俺の支えにもなってくれるなら、俺も彼女を支えたい。目が不自由な世界で生きる彼女のために、彼女を助けたい。
(わずか六歳で考えることじゃないけど)
「これからよろしくお願いしますね、セフィちゃん」
俺にこの日初めて師匠という存在が生まれた。
(守護天使と師匠、これアリエッテ達が見たらどうなるんだ?)
二日後。
「「「て、て、て、天使?!」」」
フィアを紹介したところ、三人の驚きの声が上がったのは言うまでもなかった。