第49話天からの使い 後編
突然俺の前に現れたフィアという天使。正直どうすればいいか分からなかったが、あの女神の名前が出た以上無視はできず、とりあえずスイカさんに相談してみる事にした。
「私はこの通り目が見えないので、どういう方なのかは分かりませんが、天使がいるという話は聞いたことがあります」
「わたしはじめて聞きました」
「セフィちゃんの学年だとまだ学びませんからね。もう少ししたら学ぶ内容です」
「へえ」
「でもまさか本当に存在するなんて少し驚きです。フィアさんでしたっけ?」
「ん」
「セフィちゃんを護るためにここに来たと言っていましたが、それはどういう意味なのでしょうか?」
一番気になっていたことをスイカさんが聞いてくれる。シェリの命ならその意図はなんとなく分かるけど、どうしてそれを今になってなのか分からなかった。
「そのままの意味。先日の魔物の襲撃を受けてシェリ様が貴女の身も危ないと危惧したの」
「先日の襲撃ってまさか、オリーヴの」
「私も街の救援に向かったんだけど、それでも間に合わなかった。助けられた命はあったけど、助けられなかった命も……」
フィア表情を一切変えないからか、落ち込んでるのかそうでないか分からない。けど一つ確かなことはあった。
「あの、フィアさん」
「何?」
「オリーヴの中にくろいかみの女性を見ませんでしたか?」
「黒い髪の?」
俺は僅かな希望を頼りに、フィアに希のことを尋ねてみる。オリーヴには沢山の人が住んでいるから、その中でピンポイントで特定できるわけないのに、それでも縋りたかった。
「あ、そういえば」
「な、なにか思い出したの?」
「私がオリーヴに入ってすぐに魔物に襲われていた人がいたから、助けた。確かその人は黒髪だった気がする」
「ほ、本当?!」
思わず大きな声が出てしまう。二日間何も得られなかった可能性が、ここで出てきたという事実が何よりも嬉しくて、自然と涙が流れていた。
(よかった、ノゾミ、無事なんだな)
「その黒髪の子がどうしたの?」
「あ、えっと、ふつかまえにお世話になって、しんぱいだだからよかったなって」
「ふーん、そう」
やはり興味なさげに淡々と答えるフィア。ここまで一度も表情を崩していないので、彼女が今何を考えているのかさっぱりわからない。
「それでいつまでセフィちゃんを護るつもりなんですか?」
「具体的には決めてない。彼女が聖女になるまではいるつもり」
「ず、随分と先までいるんですね」
なれるかも分からないのに、そんなことを言われてしまえばこちらもならないといけない感じがしてくる。
(つまりこれは向こうからの圧力なのか? 絶対に聖女になれっていう)
元々の目的がそうだから間違ってはいないんだろうけど。
「とにかく」
フィアは一度そう置くと、何とセフィの前に傅いてきた。
「守護天使第二位フィア、貴女を必ず護りそして必ず聖女にするって約束する」
フィアの言葉と態度は明らかに本気で、断る言葉も浮かんでこない。むしろここで断りでもしたら、あの女神に何されるか分からない。
(背に腹はかえられないか……)
「う、うん、よろしくね、フィア」
セフィ六歳
この歳にして守護天使みたいなものがつくようになりました。
◼︎◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎
フィアがやって来た日の夜、ようやくユシスも家に帰って来た。
「オリーヴで天使を見かけたが、まさか家にやって来るなんて思わなかったんだが」
ユシスにフィアの事を紹介すると、既に天使を知っていたのか大きな反応は見せなかった。
「王国騎士団長のユシスだっけ? この前の件はごめんなさい、私達だけじゃ力不足だった」
「いや、そんな事ないだろ。最初知らせを聞いた時はもっと酷い状況だと思っていたけど、君達が誰よりも先に助けに入ってくれたから最小限で抑えられた」
「それでも護れなかった命もある……」
「そんなに気に病むな。何もできなかったのは騎士団も同じなんだから」
「ん」
ユシスに何か言われるかと思っていた俺は、何事もなく事が過ぎてくれたと一安心。
で、いいのだろうか。
「話は概ね分かった。つまり彼女は今日から家に泊まるって事でいいんだな」
「彼女が立派な聖女になるまで、私が責任を持って護る」
「責任を持って、か」
何か思うところがあるのかユシスは少しだけ複雑そうな顔をする。
(過去の出来事から考えると、あまりいい気分じゃないよな)
俺も同情するが、セフィとしては断るなんて言えないので、周りの言葉を受け入れるしかなかった。
(決して悪い話ではないことくらい分かっているんだけど、なんか少しだけ危険匂いがするんだよなぁ)
そもそもなぜ今このタイミングで現れたのか、それが一番分からない。オリーヴの一件があったとはいえ、それもたった二日前の話だ。
(何か裏があるのか?)
フィアに視線を向けるが、勿論何一つ表情の変化がない。
「セフィちゃん」
色々なことに考えを巡らせていると、スイカさんが声をかけて来た。
「は、はい、なんですか?」
「夕食後にお話ししたい事があります、私の部屋に来てくれますか?」
「話?」
「本人の目の前では決して話せないので、あとで私の部屋に来てください」
「スイカさんさんのへやに?」
◼︎◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎
フィアの件が一通り落ち着いた後、俺は先ほど呼び出された通りスイカさんの部屋を訪れていた。
(そういえば入るの初めてだったな)
扉をノックすると返事が返ってきたので、そのまま部屋に入る。と、同時に鼻に凄まじい刺激臭が入ってきた。
「うっ、な、なんですかこれ」
「あ、すいませんセフィちゃん。貴女には刺激が強すぎましたね」
鼻をつまんでスイカさんに目線をやると、彼女は大きな釜とにらめっこしながら何か考えていた。
(あんな大きな釜、ゲームの世界でしか見た事がないぞ)
どこかの錬金術師とかが使ってそうな釜の中は、何か泡立った液体が入っており、益々それを連想させる。
「何をしているんですか?」
「これは魔術の実験です。どういう組み合わせでどんな魔法ができるか、そういう実験をしているんですよ」
スイカさんは目が見えない分匂いで嗅ぎ分けているらしく、俺とは正反対にこの匂いの中で何一つ問題なく作業を続けていた。
「それでスイカさんさん、わたしにはなしって?」
「話というのは今セフィちゃんが見ているこれです」
「これ?」
目の前にあるのは魔法釜。一体彼女が何を言いたいのか分からず疑問符を浮かべる。
「セフィちゃん、手伝ってみませんか?」
「てつだう?」
「私の新魔法作りの研究ですよ。私に視覚がない分セフィちゃんには手伝ってもらいたいんです」




