第44話再会の翡翠~変化~
希に自分の正体を明かした後、この五年間に彼女に何があったのか教えてもらった。
「あの二人から聞いてそれで」
「放っておくことなんてできなかったから......」
「それでも無茶が過ぎると思うんだけど」
「そういう光だって、そんな可愛らしい女の子になって、無茶していないわけないでしょ?」
「こっちは、その、断れる理由がなかったから」
あの時折原光としての人生が終わってしまった以上、新たな人生を歩むという選択があるなら断る理由もなかった。女の子になることだけは想定外だったけど、もしあの時選択を間違えていたら希と再会することも叶わなかった。
「私も事情を聞いたときはビックリしたけど、本当なら私がその役目だったんだよね」
「そうらしいよ。そんなこと聞かされたら、やっぱりこっちがやるしかないって」
「突拍子もない話だったけど、私も同じ立場だったらそうすると思う」
「ノゾミはまだ問題はなかったかもだけど、私は......」
「可愛いからいいと思うんだけどなぁ」
「何もよくない!」
いつもの調子で俺と希は会話をする。本当はお互いまだまだ積もる話があるのだけど、どこから何を話せばいいいか分からず、結局いつも通りになっている。
「そんなに怒らなくてもいいでしょ? こんなに可愛らしい姿になったのに」
「この姿は望んでないよ」
「そう言うけど、もう五年も過ごしているんでしょ? それって慣れてる証拠だと思うんだけど」
「うぐ、それは......」
でもやっぱりいつも通りも時間と住む世界が違えば、大きく変化する。
俺は生まれ変わり女の子の姿に。希は姿、声変わらずとも五年も経てば成長する。希は大人になって、異世界に憧れていたあの頃とは大きく性格が変わっていた。
「慣れてきたからこそ少し怖いんだ」
「怖い?」
「時々思うんだ。本当に正しかったのかって」
「それってすごく今更じゃない?」
「そうだよ。でももし、この転生が誰かの犠牲の上にあるものだったらどうする?」
「誰かの犠牲?」
ユシスが語ってくれた二人の馴れ初めとセフィの生誕、そして先日思い出した今日までのセフィの過去。
それらを照らし合わせて思ったことがあった。
「セフィが生まれて一年の間の記憶がないの」
「記憶がない?」
「正確にはセフィとして折原光が転生したのが、セフィが一歳の誕生日の時なの」
「え? じゃあ」
「空白の一年、もしかしたらセフィ自身に何かがあったのかもしれない」
「何かって、何があったの?」
「それはまだ分からない。けど、もしそれが本当なら正しかったなんて言えないかもしれない」
確かなことではないけど、もしその空白の一年の間に、俺には知らないセフィがいたらそれを知る必要がある。そしてあの二人はそれを知っていて俺を転生させたのか。それも知らなければならない。
「今すぐには分からないことだろうけど、いつかは知りたい。本当は何があったのか」
「それって私にも協力できること?」
「たぶん難しいと思う。でもいつか力を貸してほしくなったら、ノゾミにも頼りたい」
「じゃあその時までは飛翔で働いてるね」
「飛翔って、さっきのあの酒場?」
「うん。あそこの店長に、私が一人でこの世界をさ迷っているときに助けてもらったの」
「そうなんだ。いい人達なんだ」
「うん。皆いい人達なの」
笑顔でそう語る希。異世界に来て一人ぼっちだった彼女にとって、頼れる人がいたのが彼女にとっては救いだったのだろう。そんな彼女が俺には少しだけ羨ましく思えた。
(頼れる人、か)
セフィにはあまりそう呼べる人がいなかったから、余計に羨ましく見える。
「それでね、私少し前にその働いている人に告白されちゃったの。私を一人の女性として好き、なんだって
けどそんな彼女の言葉の中に、思わぬ単語が出てきて俺は思わず耳を疑った。
「へえ、そうなんだ。告白......告白?!」
告白。
五年前のあの日、本来なら俺がしようとしていたこと。再会は叶わないと思っていたので、諦めていたことだが、まさか誰かに先を越されてしまうなんて思いもしなかった。
「こここ、告白ってあの告白? の、ノゾミが」
「お、落ち着いてよ」
「落ち着いてられないよ! だ、だって」
「告白って言っても相手は」
「あ、こんなところにいた。ノゾミ、そろそろ仕事に」
大事なことを聞く前に、公園に第三者が入ってくる。飛翔で働いていたもう一人の女性だった。
「あー、もうこんな時間だった」
「ほら、急がないと。お客さん増えてきたよ」
「ご、ごめん光。この話はまた今度で」
「え、ちょっ」
俺が何かを言う前に、希が誤魔化すように女性と一緒に公園から出ていってしまう。残された俺は、やるせない気持ちにしばらくその場から動けなかった。
(五年も経てば感情だって変わるのは当たり前なのは分かってる。それに今のこの姿で告白なんてしても......)
だけど俺は少しだけ期待してしまっていた。五年前と俺達の関係は何も変わってないって。
「はぁ......」
俺は深いため息を吐きながら公園をあとにするのだった。
「どうしてこうなったんだろう」
■□■□■□
気持ちが晴れないまま約束の一時間が過ぎ、ユシス達と合流。二人は観光を楽しんだのか、こっちが何をしていたのか詮索されることはなかった。
「オリーヴの街は楽しめましたか? セフィちゃん」
「う、うん。一日しかいられないのが勿体ないくらい」
「まだ時間はありますから、もっと楽しいところに案内してあげますね」
「あ、おい、待て二人とも。そんなに急いだら」
空元気なこちらに対して、手を引っ張ってくれるスイカさん。それを追ってくるユシスの姿はまるで一つの家族みたいだった。
(希にとって、飛翔の人達は家族なんだろうな)
そして彼女が告白を承諾したら本当の家族に......。
(寂しくなるな......)
「お、おい、どうしたセフィ」
ふと、ユシスが驚いた声でセフィの名前を呼ぶ。そこで俺はようやく気づいた。
自分の頬に伝う暖かいものがあるのを。
「こ、これは、その」
「やっぱり何かあったんだな? 確かあの酒場に入ってから様子がおかしくなったから、今からあそこに」
「待って!おとうさん!」
「ユシスさん、落ち着いてください」
今度はユシスがこちらの腕を引っ張る。子供の力じゃ抗えず、ずるずる引っ張られていく。
「別になにもなかったんだって! これはちょっと、嫌なゆめを思い出しただけで」
「なら何でそんなにも泣いている。やっぱり」
「だから、ちがうんだって!」
思わず大きな声が出る。それに驚いたユシスは、足を止めた。こちらを追いかけてきたスイカさんも追いつく。
「何も......何もなかったの。だから、だからノゾミを......傷つけるのだけはやめて......」
涙混じりの声でユシスを説得する。けどこの時俺は間違いを起こしていたことに気づかなかった。
「ノゾミって、誰だ」