第39話見えない彼女が見る世界
スイカさんは家に泊まり込みで家庭教師をやってくれるという事で、ユシスが仕事で出掛けたりしているときとかは彼女が何かと面倒を見てくれた。
「先生、おりょうりもできるんですね」
「一人暮らしが長いと、自然と自分でご飯を作るようになるんです」
「でも目が見えないって、大変なんじゃ」
「確かに最初の頃は、何も見えない世界に不安を覚えました。お母さんやお父さんの顔も見えないんですから」
料理をしながら少し寂しげにスイカさんは言う。
(自分の両親の顔すら見たことないなんて悲しいな......)
彼女の瞳には何が映っているのだろうか。暗闇の世界の中で、頼りになるのは音と声。その世界の中で、彼女が見ている景色とは一体......。
「先生」
「はい?」
「先生は、その、こわいとか思ったことないんですか?」
「怖い、ですか?」
「だって私には、先生がどんな景色を見ているのかわからないですから」
俺は思った言葉をそのまま口にする。スイカさんは少し困ったような表情を浮かべながらも、出来上がった料理をテーブルに並べながら答えてくれた。
「確かに怖いと思ったことはあります。特に小さい頃は。セフィちゃんと同じ年の頃にはもう今の状態ですから。でも目が見えないと言うのは決して悪いことだけじゃないんですよ」
「そうなんですか?」
「視覚が無い分、他の感覚が優れているんです。どんなに小さな音でも聞き分けることができるんです。ただ、敏感すぎると困ることもありますが」
一つの感覚がないぶん、他の感覚が優れると言う話は聞いたことがあった。神経が集中するらしく、彼女のように色々な部分が敏感になるようだ。
「それでも私は、未知のかんかくすぎてよくわかりません」
「セフィちゃんはそれでいいんですよ。知らないことを知る必要もありますが、知らなくていいこともあるので」
「知らなくていいこと......」
「先程の質問の答えですが、少しは怖さはあれど私はその怖さから逃げません。全部悪いことと受け止めるのではなく、他の視点から見ればまた違ったものが見えてくるはずですから」
「違った視点で、違うものを見る......」
スイカさんはまるで、セフィの先生でもあり俺の先生にもなっているような気がした。勿論スイカさん自身、そんなことは思っていないだろうけど、まだ若干三十歳にして、彼女に教えられているのは人生の教訓のように思えた。
「先生、ありがとうございます。べんきょうになりました」
「それならよかったです。さあ、お夕飯にしましょう」
■□■□■□
スイカさんが我が家にやって来て一週間。最初は家庭教師という言葉に嫌悪感があったが、少しずつ慣れスイカさんとの暮らしも馴染んできた。
「先生、魔力の大きさが大きくなった気がします」
「それは自分の認識できる魔力が増えた証ですね。一週間で習得できるようなものではないのですが、やはりソフィ様のお子様なだけあって、才能はあるみたいですね」
そして俺は彼女に色々教わっている内に、少しずつだけどセフィという人間の、魔力について分かるようになってきた。最初はほんの僅かしか感じ取れなかった自分の魔力も、今ではそこそこ大きなものを感じ取れるようになってきた。
スイカさん曰く、その歳秘めている魔力とは到底思えない量らしい。
(遠足や魔力測定の時実際見たものが、こうして形として分かってくると面白いな)
「先生はおかあさんと知り合いだったんですよね?」
「はい。博士号を授かった時に、お会いして以来、仲良くしてもらいました」
「はくしごう?」
「簡単に説明すると魔法の研究を行って、優秀な結果を修めることができた人に送られる称号です」
「でも先生は魔法使いじゃ」
「魔法でもある、というのが正確な紹介になりますかね。私はこれでも魔法の研究もしているんです。新魔法を見つけたりするのが仕事ですかね」
「魔法の研究......」
俺はそれが少しだけ面白いものだと思った。と同時に、彼女が研究しているならもしかしたら聞けることがあるかもしれないと尋ねてみる。
「じゃあ先生、おかあさんの病気について何か知っているんですか?」
「残念ながらそれはまだ研究を続けている途中です。でもソフィ様やフィーネ様といった歴代の聖女が苦しめられているそれの原因となるものは少しずつ分かってきています」
「げんいん?」
「少し前にお話ししたと思いますが、私達にとって魔力というのは命の源です。それが無くなると死に至る可能性が高いということも」
「あ」
つまりスイカさんが言いたいのは、歴代の聖女が亡くなっている原因の一つとして、魔力が枯渇する病気、『魔力枯渇症』があげられるという。
「それでも何故その症状が起きるのかは分かっていません。普通ならば魔力が枯渇することなんてどんなに魔法を使っても、あり得ないことだと考えています。なら何故、歴代の聖女が同じ病気にかかる可能性が高いのか」
「もしかして、それをを身体に取り込んじゃってるから」
「そうです。というより、それがほぼ確実だと考えています」
少しずつだけど点と点が繋がり始めた。聖女の呪いと言われるそれは、魔力枯渇症という死に至る病が関わっていた。確実性は低いかもしれないけど、もしこの先の未来、少しでも聖女そのものを変えることができたらこれはとても大切な情報だ。
だが同時に疑問も浮かんでくる。
(この事をあの二人は分かっていて、この計画を作ったのか?)
あの二人とは俺を五年前この世界に送り込んだ張本人だ。知ってはいたのかもしれないけど、それなら別の方法も思い付いたのではないかと思っていしまう。ただその真意俺が知るよしもなかったので、今は心の奥に締まっておくことにした。
「セフィちゃん、どうかしましたか?」
「あ、ううん。何でもありません。とても大事な話を教えてくれてありがとうございます」
「時々思うのですが、セフィちゃんたまに子供とは思えない感じがしますよね」
「き、きのせいです」