第3話別れ
1
あの時ソフィが漏らした言葉の意味を俺が知ったのは一ヶ月後のこと。
「ごめんなさいセフィ、あなたの面倒を見てあげられなくて」
「いいんだソフィ、無理しないで休んでくれ」
ソフィとユシスのそんなやり取りを聞くようになってから、俺も異変に気付くようになっていた。
原因 不明
治療法 なし
不治の病、俺はそう考えた。
〔年もまだまだ若いはずなのにどうしてこんな……〕
転生してすぐに母親が病気で亡くなるなんて普通は考えられなかった。だから俺は、
彼女を救いたい
力になりたい
そう何度も願った。しかしその願いが形になることは無情にもない。俺は子供用のベッドで母親が苦しむ姿を見続けることしかできなかった。
「ごめんなさいセフィ……貴女を抱きしめてあげたいのに……」
彼女が謝る必要はどこにもない。むしろ俺のほうが謝らないといけない。
彼女が産んだセフィという子は、ここにはいない
折原光という見ず知らずの人間の魂が入っていると
心の奥底から叫びたい。
「ま……ま……」
「セフィ……貴女はきっといい子に育ってくれるはずです……だからお父さんの言うことをちゃんと聞いて、元気に生きるんですよ……」
「まぁ……ま……」
死んでほしくない
俺の目の前からいなくならないでほしい
誰か……誰でもいいから……
ソフィを
おかあさんを助けてくれ
2
けどその願いは届くことなく、転生してから一年が経ち、二度目の誕生日を迎えた日
世界でも有名なシスターソフィ、もとい俺を一年間育ててくれた母親ソフィの命は儚くも消えてしまった。
享年二十八歳
それはあまりにも早すぎる死で、あまりにも早すぎる別れだった。
その非情すぎる現実に、自分が赤ちゃんである身だということも忘れて、セフィとしてではなく折原光としてわんさか泣いた。周囲が心配してしまうくらい毎日のように涙を流し、言葉にすることができない感情を涙として表現した。
(何も俺はできなかった。少しでも楽にしてあげることも、寄り添ってあげることも)
赤ちゃんだから当たり前なのも勿論分かっている。けど折角天から授かった力を、聖女としての力を使えれば現実は変わったかもしれない。
だけどどんなに後悔しても時間は戻らない。三ヶ月前のあの時と同じように俺はまた……。
(一度でもいいから、この声でしっかりとお母さんと呼びたかった……)
「かぁ……さん……まぁ……まぁ……」
そして時は流れ、
四年後
「おとうさん、早く早く」
「そう急がなくても学校は逃げないぞセフィ」
セフィ 六歳
「でも急がないと入学式始まっちゃう……きゃあっ」
「全くお前は……誰に似たんだろうな」
今日は初等科の入学式。四年間父親の元でこの世界の知識や言語をしっかりと勉強して、この世界で生きていく事に違和感を感じなくなるようになっていた。
しっかりと歩けるようになって、自分の気持ちも言葉にすることができるようになって。
(転生してから五年、長いようであっという間だったな。でもこれからが始まりなんだ)
俺の転生の物語は五年目にして、ようやくスタートラインに立つ事になる。
「行ってきます、お母さん」
初等科はいわゆる小学生。しかもこれから入学するのはこの地域でも有数のお嬢様学校。セフィが女性であるから問題はないんだけど、中が男なので何が起きてしまうのやら……。
(大丈夫だよな? お母さん)
3
それは私にとって絶望だった
当たり前のような毎日
当たり前のような時間
その中で私の隣には必ず彼がいた。
「光……光ぅ……」
彼はどんな時でも私の話を聞いてくれて、文句は言いながらも私から離れないでくれた。
こんな私の隣に彼はずっといてくれた
それなのに……それなのにどうして……こんな事に。
あれから数日
大切な幼馴染の光を失った私は、その現実を未だに受け入れられずに部屋に引きこもっていた。
(光、私はこれからどうすればいいの? 私はどうやって生きていけば……)
目の前で彼が殺されて、私は何もできなくて……私は彼の死をどう受け入れればいいのか分からなかった。このままいっそ死んでもいいとさえ思えてくる。
「貴女が死ぬことを折原光は望んでいない」
「誰?!」
突然私の部屋に響いた声と彼の名前。振り向くとあの日彼の命を奪った張本人がそこにいた。
「貴女はっ!」
「高野希、私は貴女に光からのメッセージを」
私は彼女を見るなり、殴り飛ばしていた。大した力はないけれど、これだけで済ませたくないけど、それでも光の分も含めて少女を殴っていた。
「返してよ……光を! 返してよ!」
「返すことは……できない」
「なら何で平然とした顔で私の目の前に現れたのよ! 私が今どんな気持ちがわかってる?! 法律がなければ間違いなく殺してるよ!」
「ごめん……なさい」
「謝ったって光は……!」
戻ってこない。そんなのは分かっている。私がこうして怒りをぶつけても意味がないことだって。
(それでも私は……)
「謝っても許されないのは分かってる。だから……光からのメッセージを届けにきた」
「え? 光の?」
「光は……貴女にこう言っていた」
『希、まさかこんな形でお前と生涯会えなくなるなんて思っていなかった。だけどお前が俺の立場になるかもしれなかったと考えると、後悔はない。俺はお前が歩んでしまうかもしれなかった道を、代わりに歩むよ。だからお前もお前で絶望しないで生きてほしい。
……色々言いたいことは沢山あるけれど、これだけは最後に伝えておきたい。本当なら面と向かって言いたかったことだけど、すごく今更な言葉になっちゃったかもしれないけど、お前が好きだった。返事が聞けないのは残念だけど、これからも俺が歩けなかった人生を歩んでくれ。じゃあ元気で』
少女が伝えてくれた光からのメッセージ。全てを聞いた私は、溢れ出る涙を止めることができない。
「光、その言葉もっと早くに教えてよ……。どうして今になってこんな……」
胸が苦しい。私だって自分の想いを伝えたかったのに。好きだって言いたかったのに。
(こんなの卑怯だよ……)
「じゃあ私は伝えたい事を伝えたから」
「待って」
しばらくして少女は部屋から去ろうとするが、すかさず呼び止める。今の話の中でこの少女に聞かなければならないことがあった。
「何?」
「この前の時もそうだし光の言葉もそうなんだけど、私が歩むかもしれなかった道って何? 貴女、この前光を殺した時間違えたって言っていたよね? それってどういう事?」
「……本当だったら高野希、貴女が聖女として転生する事になっていた。だけど私が間違えて彼を殺してしまった」
「聖女に転生? 私が? というか光、生きてるの?」
「生きているというより、今頃別世界で生まれ変わっている。女性になって」
「女の子に?!」
彼が別世界で生きていることより女の子になっている事に思わず反応してしまう。まさかつい先日彼に話した内容が、ほぼ現実的な話になっているなんて思っていなかった。
溢れ出ていた涙もいつしか引っ込んでいるくらいに、私は目を光輝かせた。
「な、何で喜ぶの?」
「だってあの光が女の子になっているんだよ? 面白くない?」
「面白いとは……思わないかな」
「えー!」
こんなにも胸が踊るような話、もっと聞きたい。どうせなら私が彼の代わりになりたかったくらいだ。
というか今すぐ私も行けるなら異世界に行きたい。
「そろそろ帰っていい? 私」
「ねえ、私が本来異世界に転生する予定だったんでしょ? だったら今から私が異世界に行っても構わないんじゃない?」
「いや、これ以上人を殺すことは」
「転生じゃなくていいの! 私も異世界に連れて行って!」
「……困った事になった」