第38話盲目の魔法使い
リラーシア学院が夏休みに入ってすぐのとある日。ユシスが見知らぬ女性と帰宅してきた。
「ただいまセフィ」
「おかえりおとうさん。えっと、その人は?」
「初めましてセフィちゃん。私はスイカと言います。今日からお世話になります」
緑髪のショートカットの女性が、俺に頭を下げてくる。けど俺が気になったのは、女性の容姿とは別のものだった。
「おとうさん、この人」
「ああ。スイカちゃんは見ての通り小さい頃から目が見えないんだ」
彼女は常に杖をついており、その目も閉じられている。もしかしたらと聞いてみるとやはり彼女は目が見えないらしく、スイカ自身その事を気にしている様子でもなかった。
(彼女から俺達はどういう風に見えているんだろう)
そんな事を考えながら彼女を眺めていると、何故か知らないが微笑まれた。
「それでおとうさん、スイカさんはどうして家に? 今日からお世話になりますって言っていたけど」
「彼女には今日から住み込みでセフィの家庭教師をしてもらうことになった」
「へ? かていきょうし?」
久方ぶりに聞いたその単語に俺は思わず聞き返す。
「セフィは初めて聞く言葉だよな。家庭教師というのはな」
ユシスが既に知っている単語を長々と説明する。勿論知っているとは言えないので、話を聞くが俺の知っている家庭教師と全く同じ意味だった。
「でもどうしいきいきなり、かていきょうしなんて」
「スイカちゃんは王国随一の天才魔法使いなんだ。そんな彼女に色々と教えてもらえるのは有意義だろ?」
「それは......そうかもしれないけど」
こっちとしては折角の夏休みまで勉強することになっては、不満しか出てこない。
「天才魔法使いだなんて、恥ずかしいですよユシスさん」
スイカはスイカで満更でもなさそうなのが、恥ずかしがりながらも嬉しそうだった。
いや、問題はそこじゃない。
「おとうさん、どうしていきなりかていきょうしなんて私に? 勉強は別に苦手じゃないんだけど」
「今は困ってなくても、いつかはあるかもしれないだろ? それに俺は頼み込まれた立場なんだ」
「え?」
「実は初めましてと言いましたが、一度お会いしたことがあるんですよ」
「スイカさんと?」
記憶をたどってみるが、最近会った記憶なんてどこにもなかった。
「まあ覚えてないよな、あの頃はまだ一歳だったし」
「一歳......?」
今から五年近く前の記憶なんて、覚えているわけが......。
(いや、もしかして)
一人だけ思い当たる人物がいる。約五年前、俺がセフィとしてこの世界にやって来た日、たった一人だけ俺が助けたことがある人物がいた。
「たんじょうびの時のあの人?」
「すごい! 覚えてくれていたんですか?!」
「す、少しだけ」
あの時は混乱することばかりで人の容姿とか全く覚えていないので、気づかなかったがあの時怪我をして、偶々俺が力を使ったのが彼女だったらしい。
(なんという偶然。そんな事なんてあるんだな......)
まさかの巡り合わせに、俺は少し驚きつつも話を戻す。
「じゃあスイカさんは、もしかしてその時のお礼にとか?」
「はい。あの時のお礼、しっかりできていなかったので」
「そんな、私もほとんど覚えていないのに」
おまけに手で触れただけなので、こんなに感謝されてしまうとかえってこちらが恥ずかしくなる。
「折角の機会なんだから、ここはお言葉に甘えさせてもらってもいいと思ったんだけどな」
「おとうさんが勝手にきめないでよ......」
勉強はそこまで嫌いではないが、学校以外勉強するとなれば話が変わってくる。
(家庭教師なんて、一度も誰かにやってもらったことなんてないぞ)
しかも相手は大人の女性だ。学院の時とは違って、別のドキドキを感じさせられる。勿論そんなことを他者が知るはずもないのだが。
「これからよろしくお願いいたしますね、セフィちゃん」
「は、はい」
どうやら俺の初めての夏休みは、普通で終わりそうにないようだ。
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家庭教師と聞いて、日本にいた時のような勉強ばかりさせられるものばかりと思っていたが、スイカさんが教えるのは座学というよりは魔法の使い方の基礎みたいなものだった。
「私たちの体内には、必ず魔法を使う力、魔力が流れています。そしてそれを自然と自分で感じれるようになると、一流の魔法使いになったと言われます」
「魔力のながれ?」
学院の授業で少し聞いたことはあったが、実際に自分の中に魔力が流れているかは感じ取れなかったので、イマイチ理解できていなかった。
「魔力というのは私達の命の源。それを失えば死ぬとまで言われています」
「命の源......」
「ではまず試しに、目を閉じてゆっくりと深呼吸をしてみてください」
「すぅ......はぁ......」
スイカさんの指示通りに深呼吸をして、神経を研ぎ澄ませてみる。
ドクン
すると僅かに胸の方から心臓とは別の鼓動を感じ取った。
(これが......魔力?)
「どうですか? 何か感じましたか?」
「先生、このドクンとしたかんじは」
「はい、それが魔力です。どうやらセフィちゃんには、才能があるみたいですね」
「さ、さいのうなんて、そんな......」
少しだけ照れてしまう。多分やる気をあげるために言っただけの言葉なのだろうけど、褒められたことが嬉しかった。
「では次はその魔力を動かす練習をしてみましょう」
もしかしたら家庭教師をやってもらうのは正解だったのかもしれない。