第37話五年前 ソフィの物語
ソフィが聖女をやめ、新たにナインちゃんではなくユリエルという女性がなった。
「てっきり付き人が聖女になるものだと思っていたが」
「私にはソフィ様やユリエル様と違って、そういう素質がないんです。なので、私は本当にただの付き人だったんですよ」
ソフィが一歳になった日に開いた誕生日パーティーに招待した彼女に、直接聞いてみるとそのような返事が返ってくる。
「ユリエルの事ですか?」
「知っているのか?」
「勿論です。彼女も私と同じく去年子供を産んだので、お互い色々アドバイスしあったんですよ」
その話に入ってきたソフィから、意外な情報が入ってくる。
「新しい聖女にも子供がいるのか?」
「私と違って、聖女になる前に出産したんです。なので、ユリエルとは仲がいいんです」
「そういう繋がりもあるんだな......」
俺は少しだけ驚く。フィーネ様と違ってソフィの付き人はナインちゃんだったので、てっきり繋がりとか無さそうに見えたが、流石は聖女教会。見えなさそうな繋がりもしっかりあった。
「そういえばユシス、聞いてください、セフィがちゃんと私の血を引いていたんですよ」
「どうしたんだよ今更そんな事」
「実は先程こんな事がありまして」
俺が見ていない間に起きたことをソフィが説明してくれる。どうやら招待した人の中で怪我した人がいて、セフィが一瞬で治療してしまったらしい。
「一瞬で......ソフィもそんな力があったな」
「はい。やはりセフィにも資質がある、ということになります」
「そうか......」
ソフィにとってはもしかしたら嬉しい事なのかもしれない。けど俺からしてみれば少しだけ不安だった。
(やっぱりセフィも、ソフィと同じ道を辿ることになるのか?)
もしものことばかり考えても意味がないのは分かっている。ソフィにも約束ししまった以上、反対もできない。
「ソフィは嬉しいか?」
「はい。ちゃんと私の魂がセフィに受け継がれるなら、後悔はありません。私の残り少ない命、全てセフィに受け継ぎます」
「そ、ソフィ様、このような場でそのような事は」
「いいんです、いつかは皆が知ることになるのですから」
ソフィの発言に、周囲がざわつきを見せる。それも当然のことだった。ソフィが聖女の座を降りた本当の理由を知るのはごく僅かな人間のみ。いずれは分かってしまう事とはいえ、今知った人は相当な衝撃だろう。
(フィーネ様の時も同じだったのかな......)
少しだけ重い空気になったパーティーは、そのまま誰もソフィのことを言及する者がいないまま幕を閉じた。
■□■□■□
パーティー終了後。
「こんな形でよかったのか?」
会場の後片付けをしながら、俺は自分が思ったことをそのまま尋ねた。
「形なんて関係ありませんよ。私はもう先が長くないので、自分から言う機会すらないかもしれないですから」
だけど返ってきた言葉は、とても単純なこと。
「そんな悲しいこと言わないでくれよ。どうしてソフィはそんなに平気でいられるんだ」
「それは.....もう私に未練がないからですよ」
ソフィの言葉に俺の手が止まる。
「未練がない? 家族だって、大切に思ってきた人たちだって残して、いなくなるんだぞ? それなのに後悔はないのか?」
「はい。ユシスが私のたくさんの願いを叶えてくれましたし、私の遺志も残すことができます。だから後悔はありません」
そう言いながら寂しそうに微笑むソフィ。けど俺は見逃さなかった。
「後悔がないなら、何でお前はそんなに震えているんだ」
「っ! ふ、震えてなんかいません」
そう言いながらも震えているソフィ。その光景はまるで五年前を思い出させるような光景だった。
(後悔がないわけないよな、普通)
俺はあの時と同じように彼女を優しく抱き締めた。
「やっぱり震えているじゃないか」
「こ、こ、これは関係ありません」
「嘘はよくない」
「嘘じゃありません!」
どこまでも強がるソフィ。けどその言葉の節々が震えており、我慢しているのはお見通しだ。
「いつ死ぬか分からないのに、怖くないわけがないよな。どんなに覚悟があったって、自分が死ぬなんて考えたら俺だって怖い」
「だから、私は、怖くなんか」
「もういいソフィ。無理するな」
抱き締める力を強くする。するとソフィはその身を俺に預けてくれた。
「大丈夫だソフィ、俺が最後まで一緒にいる。何があったってお前と最後まで一緒にいる」
「でもユシスとセフィが......」
「心配するな。お前が驚くくらい全力で生きる。だからソフィ、お前も俺達と一緒に最後まで全力で生きよう。そうすれば怖くないだろ?」
本当はまだ俺も覚悟はできていない。ソフィがいない世界なんて考えられない。それでも、俺はセフィと全力で生きてみせるって決めた。ソフィを安心させるためとかじゃなくてこれは俺が、俺達がこれからを生きていくための決まりごと。
今と未来を生きていくための、俺なりの決意だった。
「ユシス......」
「ん?」
「私、貴方達ともっと先の未来を見たかった。だけど神様は残酷ですね」
「本当にな」
「だから私も神様に抗えるくらい、残りの時間を生きてみます。ユシスとセフィがこの先も安心していけるように」
「ああ。俺もセフィもその時まで絶対に側から離れない。約束する」
「......ありがとうございます」
そしてそれから一年、俺達は時間とソフィの身体が許す限り全力で生きた。
「ま......ま」
「ユシス、聞きましたか? セフィが今私をママと呼んでくれました」
「すごいなセフィ。もう言葉を話せるようになったのか。ほら、パパと呼んでみて」
「こら、セフィ困っていますよ? ゆっくり時間をかけて覚えさせましょう」
「何だよ自分だけママって呼ばれたからって」
「セフィはママがいいんでちゅよね~」
「ママ、ママ」
「頼むから無視をしないでくれ」
ただ時間が経てば経つほどソフィは寝たきりになるこも増え、セフィにミルクを与えることもできなくなっていった。
「ごめんなさいセフィ......私が貴女を育てないといけないのに」
「まま......まま......」
「本当に......ごめんなさい......」
そしてセフィが二歳を迎えようとしたとき、その時が来てしまった。
ソフィは立ち上がることも、セフィを抱きしめることもできなくなってしまった。
「ユシス......セフィ......私は貴方達と家族に......なれて幸せでした......」
「駄目だソフィ、二人でセフィの未来を見守るって約束しただろ?」
「それはユシスに......託します。私の未来を......セフィのみらいを......」
「ソフィ......!」
俺は涙を流しながら、ソフィの手を握る。セフィもまだ小さい指を伸ばして、ソフィの指を掴む。
「ユシス......きょうまでありがとうございました.......セフィも......これからはあなたの物語を、ユシスと作って......ね」
最後の言葉と共にソフィは目を閉じる。俺はソフィに何度も呼びかけても声は返ってこない。
「ソフィ! ソ、フィぃ......」
先代聖女 ソフィ 死去
俺に恋という物語を与えてくれた彼女は、わずか二十八歳の若さで俺とセフィを残してこの世を去った。
■□■□■□
ソフィの葬式の後。
「ソフィは本当に幸せだったのだろうか」
全てが終わってようやく落ち着いた頃、俺はそんな言葉を参列してくれたナインちゃんに漏らしていた。
「幸せだったと思いますよ」
「聖女としてあんなに苦しい思いをしていたのにか?」
「確かに苦しいことは沢山あったかもしれません。でもソフィ様にはちゃんとした幸せがあったじゃないですか」
「それって……」
「ソフィ様はユシスさんと出会ったからこそ幸せだったんですよ。愛する人ができて、子供ができて、女性としては幸せ以外に何もありません」
「そう、か……」
ナインちゃんの言葉に枯れ切ったはずの涙がまたあふれ出す。
(お前はこんな俺が一緒でも幸せだったって言ってくれるのか? ソフィ)
天を見上げソフィに問いかける。その答えは返ってこないけど、答えは聞かなくても分かる。
「ナインちゃん」
「何ですか?」
「俺、ソフィの分までセフィを愛するよ。子育てなんて初めてだから分からないことだらけだけど、彼女の物語の続きは俺が書き続ける」
「頑張ってください。私も何かあれば手伝いますから」
「ああ、ありがとう」
そしてその後俺は今日まで色々な人の力を借りてセフィを育ててきた。ソフィの分まで愛して、優しくて強い子供に成長してもらうために。
「と、ここまでが母さんが生きていた頃の物語だ。どうだったセフィ」
ようやく長い昔話を終え、俺は一息をつく。その後すぐに近くから寝息が聞こえてきた。
「流石に話が長すぎたか......」
心地よさそうに眠るセフィに布団をかけ、優しく頭を撫でてあげる。この眠っている姿も少しずつソフィに似てきた。
(なあソフィ、俺はお前の言う通りの物語を描けているかな......)
天井を見上げ、ソフィに想いを馳せる。しばらく思い出すことがなかったあの六年間を久々に思い出して、ソフィへの気持ちが蘇ってきていた。
彼女が最後に語った未来の物語
それを俺はセフィと一緒に叶えたいって思っている。思っているがセフィがソフィに似始めてから心に渦巻く不安が、消えなくなっている。
(もしセフィが聖女になりたいと言い出したら俺は......)
まさかナインちゃんがセフィと接触するとは思っていなかった。更に数日後に、聖女教会へも招待されてしまっていた。今まで繋がることがなかった関係が、ここにきて繋がってしまった。
(セフィがまだ六歳なんだ。こんなに早い段階でソフィと同じ道に進ませるわけにはいかないよな)
ソフィとの約束を違えてしまうかもしれないが、俺は何があってもセフィだけは守り抜くと決めたのだった。