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手違い転生〜男の俺が聖女として人生を歩む〜  作者: りょう
間章 この剣に誓いを立てて
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第36話六年前 彼女の幸せ

  時々自分に子供が産めるのか不安になることがあった。


 自分の身体のこと。


 自分の血を引く子供が生まれること。


 私にその資格の血が流れていることを教えてくれたのはフィーネ様だった。その血が母親から遺伝したものなのか、それとも別のきっかけなのかは今になっては分からない。私がフィーネ様から受け継いだのは聖女としての在り方だったから。


(もし産まれて私の血を引いていたら、この子は私のように苦労しちゃうのかな......)


自分のお腹に宿る命を見ながら時々思う。この子はきっと先の未来、私よりも沢山苦労する。それはユシスも同じで……。


(だけどその未来に私はいられない。私の命はもう残されていないから)


それでもユシスは私との子を望んでくれた。そして私もそれを望んだ。


(この子は私とユシスの愛の形。私が確かに生きた証だから......)


 こんなところで負けていられない。そう心に誓って、私は手術と出産に望んだ。


 そして......。


 翌日、約束通り新しい命の産声と共に私はユシスの元へ帰ってきた。


「おかえり、ソフィ」


「ただいま戻りました、ユシス」


まだ生きていたいという強い意志と共に、もう一度彼のもとに帰ってこれた。


「女の子か?」


「はい。なのでもう名前は決まっています」


「もう決めていたのか」


「この子の名前はセフィ。女の子が生まれたら私の名前から取ろうって決めていたんです」


「セフィ……いい名前だな」


二人で私の胸の中で眠るセフィの寝顔を見つめる。初めて見る自分の赤ちゃんはまるで天使のように、幸せそうに眠っていた。


「ユシス」


「どうした?」


「私は今すごく幸せです。こんな私が子供を授かって、家族を作れて。だから」


「……」


「私の身にこの先何が起きても後悔はありません。もう幸せは十分に掴めましたから」


「ソフィ……」


■□■□■□

「うぇぇん」


「よちよち、ママが今ミルクあげますからね」


セフィが生まれてからは慌ただしい日々が続いていた。しかしその中で、ソフィの体は日に日に弱弱しくなっていた。


(このままだとソフィは......)


 いてもたってもいられなくなった俺は、彼女の付き人のナインちゃんにある相談を持ちかけた。


「それ本気で言っています?」


「無茶な話なのは分かってる。けど、セフィを幸せそうに育てるソフィを見ていたら、このままでいい気がしないんだ」


「気持ちは分かります。私もソフィ様のあんな表情を見ていますと、あのまま聖女をやめたほうがいいかと考えてしまいます。今までで現役の聖女が出産するなんて事例はありませんでしたから」


「それなら」


「ですが、聖女を代えるというのは簡単な話ではないことくらい分かりますよね? 聖女について調べていた貴方なら分かるはずです」


 何も言い返せなかった。

 俺がナインちゃんに提案した、『ソフィの代わりに誰かが新しい聖女になってもらう』という安直すぎる考えは、世界にとって受け入れられるはずの案だ。それでもソフィを苦しみから救いたい、家族で平和に暮らしたいという気持ちは何も変わらなかった。


「本気でソフィ様を救いたいですか?」


「ああ。本気だ」


「なら一つだけ案があります」


「案?」


「ソフィ様を連れて、どこか遠くへ逃げてください。そして新たな聖女がこの世界に生まれるまで身を隠し続け、聖女ソフィはもうこの世界にはいなくなったという事にしてください」


「それって......」


 ナインちゃんが提案したそれは、現実的に考えれば不可能ではない話だった。しかし果たしてそれをソフィが望むかどうか......。


「多分ソフィはそういうの嫌うよな」


「なら、もう運命を受け入れるしかありませんよ?」


「そんな......」


 ソフィの望みを叶える結果が、ソフィを失うことになる。どうあっても変えられない現実に俺はうちひしがれる事しかできなかった。


 同日夜。


「ソフィ、一つ聞いていいか?」


「何ですか、ユシス」


「ソフィは今幸せか?」


 セフィを寝かしつけながら俺はソフィに尋ねた。


 聖女という重荷を背負わされて


 病に侵されて


 それでもセフィという子供が生まれて


 果たして彼女は幸せだと言えるのだろうか。


「幸せですよ」


「え?」


「ユシスに出会えて、子供も生まれて、私はとても幸せです」


「でもお前は」


「確かに最初は聖女になることに躊躇いもありました。でも五年間こうしていられて、私は聖女になってよかったなって思うんです。勿論苦しいことだってありますが」


 セフィの頭を撫でながらそう微笑むソフィ。そんな彼女を見ていると、俺は彼女に話す決心が湧いてくる。


(ナインちゃんとかがどうにかできなければ、俺が話すしかないのか......)


「それにしてもどうしたんですか? 突然そんなこと聞いて」


「ソフィに聞いてほしいことがあるんだ」


「聞いてほしいこと?」


「今後の事も考えて、ソフィに聖女をやめてほしいと思っている」


 俺の言葉にソフィは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに冷静に戻る。


「......理由を聞いていいですか?」


「結婚して、子供生まれて、聖女以外に幸せができたはずだ。聖女をやめればこれ以上苦しむ必要もない。苦しみがある幸せっていうのは間違っている」


「私を否定するんですか? ユシス」


「そのつもりはないよ。でもこれ以上ソフィが苦しむ姿は見ていられない、分かってくれ」


「......」


 セフィを見つめながらソフィはずっと考え続ける。


(簡単なことではないのは知っている。それでも俺はソフィに選んでほしい。生きることも幸せだって)


 ソフィが考えている間、俺はそう切に願った。


「一つだけ約束してほしいことがあります」


しばらくした後ソフィは口を開いた。


「約束?」


「この先にもし私に何かがあった時は、今までみたいに治療はしないでください。私はこの幸せの時間の中で最後を迎えます」


「それって......もう治療はするなってことか? そんなことしたらお前は」


「ユシスの我儘を聞いてあげるんですから、私の最後の我儘も聞いてください」


ソフィはまっすぐに俺を見つめて言う。俺はそんな彼女の想いを否定することなんてできなかった。


「......分かったよ。その代わり少しでも長く生きてくれ」


「相変わらず無茶なこと言いますね」


 こうしてソフィは僅か四年で聖女の座から降りた。批判は色々あったが、事情を知っている人達にとっては、彼女の判断は英断だったと言われている。


 そして......。


「私今日まで生きれてとても幸せでした、ユシス」


「俺も、ソフィと一緒にいられて、幸せだった」


 この僅か一年ちょっとした後、ソフィの物語は終わりを迎えることになる。

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