第34話七年前 宿る命と結ばれる想い
ソフィと恋人になってからは、大変なことが多かった。
聖女と王国騎士団長
周囲から見ればあり得ない組み合わせのカップル。何より片方が世界の柱なので俺の方がいいようには見られなかった。
「すいません、ユシス。私のせいで迷惑かけてしまって」
「気にするなソフィ。俺もそんなの覚悟の上だ」
ソフィはその事がやはり気になっていたようで、たびたび謝られていた。その度に気にするなと言っていたが、結局ソフィはその事を気にし続けるのだった。
「そうです、ソフィ様が謝る必要はどこにもありません」
「何で当然のようにナインちゃんがいるの?」
「そんなの決まっています、私はソフィ様の付き人だからです。あとちゃん付けはやめてください」
そしてソフィが聖女になって間もない頃、付き人となったのがナインだった。彼女は当初俺とソフィが付き合うのが反対だったらしく、事ある事にソフィに付いてきて、二人の邪魔をしてきた。
「折角ソフィ様が聖女になられたと思ったら、こんな男と付き合いだすなんてどうかしています」
「駄目ですよナインちゃん、ユシスは王国騎士団長なんですよ」
「そうだぞナインちゃん」
「次ちゃん付けしたら、たとえソフィ様の恋人であっても容赦しませんから」
後からソフィに教えられたことだが、彼女はまだ当時学生だったらしく、その素質をソフィが見いだして若いながら彼女を付き人に選んだとの事。
「ナインちゃんはああいう性格ですが、しっかりとしたいい子なんですよ」
「それは俺も分かっているよ。本気でソフィの事を心配していることも」
彼女の性格に多少難はあれど、決して悪い子ではないのは俺も分かっていたので、邪険にすることはなかったものの、彼女の意見はもっともでもあった。
(俺が一方的に告白して、オッケーもらったようなものだもんな......)
流石に聖女になってすぐに色恋沙汰というのはどうなのかとは思った。それでも戴冠式でああ言ってしまった手前、後には引けなかった。
「今更何考えているんだ俺は......」
「何か言いましたか?」
「いや、何も」
ただ批判はあれど、彼女は聖女だったので大きな問題が起きることはなかった。俺もソフィもそんな平和の中で時間を共にし、気づけば付き合いだして三年。
平和だった物語はそこから大きく動き出した。
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「大変です、ソフィ様が!」
その一報を受けたのは、一年の三分の二が過ぎた頃。いつも通り聖都に訪れた俺を待っていたのは、顔を青ざめながらこっちにやって来たナインちゃんだった。
「どうしたナインちゃん。そんなに慌てて」
「ソフィ様が、ソフィ様が! とにかく来てください」
かなり動揺してる彼女に連れられてきたのは、聖女教会内にある緊急医療室。そこには少し苦しそうに眠るソフィの姿があった。
「ソフィ!」
俺は急いで彼女に駆け寄り、その手をとる。
「今朝のことです、ソフィ様が突然苦しそうにその場にうずくまって......そのまま倒れてしまいました」
後一緒に入ったナインちゃんが説明をしてくれる。
「突然倒れたって......まさか!」
「お、落ち着いてください。今医療の方が診断してくれて、もうすぐ結果が出るはずですから」
落ち着けるはずがなかった。まだ聖女になってわずか三年、それはあまりにも早い。まだ彼女の未来を叶えられていないのに、こんなにも早くそれがやって来てしまうなんて......。
「王国騎士団長ユシス様、ですよね」
狼狽する俺に、ナインちゃんとは別のシスターが話しかけてくる。彼女がナインちゃんが言っていた医療方なのだろう。
「はい、俺がユシスです。それでソフィは......無事なんですか?」
「無事なことは無事です。むしろユシス様が考えているようなことはないので、心配なさらないでください」
「よかった......」
俺とナインちゃんに安堵のため息が出る。
「でもそれならどうしてソフィ様は?」
「それは.......大変申し上げにくいのですが......」
「何だ? やっぱりソフィはどこか体が」
シスターに俺は詰め寄る。けどそのシスターは何とも答えにくそうな顔をするだけで、答えてくれない。
「なあ教えてくれ、これでもソフィの恋人なんだ。何かあったかくらいは」
それでも知らないわけにもいかないので、俺は退かずに今度は強い口調で詰め寄る。するとシスターは、とても気まづそうにボソッと何かを言った。
「......にん......しん......です」
「「え?」」
一瞬聞こえたその単語。だけど俺もナインちゃんも聞き間違いかと思い、もう一度聞き返す。
「だから......ソフィ様は妊娠されたんです!」
「「えぇぇぇ!」」
この日聖女教会中に、いや世界中に衝撃が走った。
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「......いつかはくるんじゃないかって覚悟はしていました。私も女性ですし、ユシスさんとは付き合って長いですから」
「俺もこうなることは覚悟していたんだが、いざ直面すると......」
同日夜、目を覚ましたソフィがすごく気まづそうにそう言葉を述べ、俺も気まづそうに答えた。俺とソフィは王国騎士団長と聖女である以前に男と女だ。三年も一緒に過ごして、色々なことをしてたらいつかはこうなってもおかしくない。
それはとっくに分かりきっていたが、問題はそこじゃない。
「俺達ってまだ結婚とかそういう話、一切したことないよな」
「......はい」
俺とソフィは三年の付き合いはあるものの、まだ未婚。そう、ただのカップル。結婚より先に妊娠が来てしまい、色々な問題に直面することになる。
「まず聖女の体裁としてよくないよな、これ」
「恐らくは」
「まだ恋人なら許容範囲なのかもしれない、けど結婚もせずに子供となると......」
勿論結婚すれば問題はないと思うけど、それだとここまで裏で色々準備してきた身としては何とも言えない気持ちになる。
(これで本当にいいのか? いや、でも躊躇っている時間は......)
「ユシス」
「ん?」
「こんな形で言うのは雰囲気も何もありませんが、私と家族になってくれますか? お腹の子供と一緒に」
おまけにソフィに先にプロポーズされてしまう始末。
「俺で......いいのか?」
「何を今更。私にはユシス以外にいませんよ?」
「......よろしくお願いします、ソフィ、さん」
「どうして突然敬語?!」
こうして紆余曲折あって俺とソフィは晴れて結ばれることになった。
(これで......いいんだよな?)
俺はソフィに会いに来る前の事を思い出す。俺は一人で先程の医療のシスターに呼び出された。俺だけにも伝えたいことがある、と。
『それ本当、なのか?』
『はい。本人はそんな様子を見せていませんが、ソフィ様の体は既に病魔に蝕まれています』
そしてその内容は、本当に早すぎるものだった。
「なあソフィ」
「何でしょうか」
「お前は......いや、何でもない」
「......?」




