第33話十年前 貴方と描く未来
ソフィを襲撃した魔物は、二年前とは違って群れをなした魔物達だった。
(数は三十近く......こんな数が聖都に潜入していたのか......)
俺がソフィの目の前に立ち、その周辺を他の騎士団員が囲って守ってくれている。ただし問題があるとすれば、今会場がパニックになっていること。これによってまだ他にも魔物が紛れてしまっている可能性がある。
(何で聖女たった一人相手に、ここまで魔物が集まる)
「ゆ、ユシスさん」
演説ではああ言ったものの、やはり怖いのかソフィの震えた声が背中から聞こえる。
「なあソフィ、あれから二年の間にこの数の魔物に襲われた事はあるか?」
「魔物の襲撃は何度かはありますが、この数は......」
「その度にソフィがフィーネ様を守っていたのか?」
「フィーネ様は基本聖女教会の中にいましたので、外のでなければ他のシスターや守衛騎士が守ってくれましたが、それ以外が私がお守りしていました」
「これはからはどうするんだ」
「ナインちゃんに付き人になってもらうので、大丈夫だと思いますが......」
それでも不安だと言いたそうな感じが、声から感じ取れる。俺はソフィを守りつつ魔物を倒しながら彼女に声をかける。
「俺がお前を守るって言うのはどうだ」
「......え?」
「俺が聖女......いや、ソフィを、騎士団長とかそういうの一切関係なく生涯守り抜く、そういうのはどうだソフィ」
つい流れで我ながらとても恥ずかしい台詞を言った気がする。でもそこまで言うのには理由があった。
「さっきも言ったように俺はお前が聖女になることがとても不安なんだ」
言葉を続けながらも俺は魔物を倒していく。
「でもそれは、ソフィに覚悟がないからとかそう言う話じゃない。もっと別の理由がある」
「別の理由?」
そして最後の魔物を倒し終えた時、俺はソフィの方に振り向いて、二年前にはとても言えそうになかった言葉を口にした。
「二年前、お前に出会ったあの時、好きになったんだ。多分一目惚れなんだろうな」
「好き......って、ユシスさんが、私を?」
「ああ。唐突な話で訳が分からないかもしれないが、俺はソフィ、お前のことが好きだ」
いつか再会した時に、伝えようと思っていた言葉。まさか彼女が聖女になって再会することになるとは思っていなかったけど、今こうして彼女に自分の気持ちを伝えることができた。
(玉砕覚悟だけど、この際そんなことはどうでもいい。ソフィを守りたいって気持ちは事実なんだから)
「ユシスさん、私は......」
「ソフィ様、ご無事ですか!」
ソフィが返事に戸惑う中、教会の方から一人のシスターがやって来る。
「な、ナインちゃん。どうして」
「どうしてもなにも、戴冠式に魔物が現れたって......あれ、魔物は?」
「それはユシスさんが......」
そこまでソフィが言って、俺はようやく気づく。
今俺達がどこにいて、
誰が一緒にいるのかを.....。
(魔物の襲撃で、すっかりそれが頭から抜けてた......)
「え、えっと、皆さん、魔物は無事ユシスさ......王国騎士団が討伐してくれました。で、ですので」
ソフィは何とか誤魔化そうと言葉を述べるが、避難した人が戻ってきていたりしていたので、倒した後に一部始終を完全に見られてしまっていた。
つまり公開処刑状態である。
「今のを無かったことには......できませんよね......」
その後無事戴冠式は終了したのだが、正直殆ど俺は覚えていない。
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その日の夜、俺はソフィに個人的に呼び出されていた。
場所は夜の誰もいない教会。
そこにある聖女像を眺めながら待つソフィの姿は美しく、いつまでも眺めていたかったがそんな気持ちを抑え俺は声をかける。
「悪い、待たせたな」
「いえ、呼び出したのは私ですから」
長い金髪をたなびかせながら、こちらに振り返りソフィは微笑む。
「さっきは悪かった。お前の状況を聞いて、どうしても無視できなかったんだ」
「それは......王国騎士団長としてですか?」
「違う。さっきも言ったが、俺個人としてソフィが心配なんだ」
さっきとは違って、ソフィと面と向かって自分の気持ちを伝える。
(自分で言っておいて何だが、やっぱり恥ずかしいなこれ)
「ユシスさんは本当に私のことを心配してくれているんですね」
「ああ。だから俺はソフィのことが」
「その気持ちはすごく嬉しいです。でもだからこそ、私はユシスさんの気持ちには答えられません」
さっきの時点で何となく分かっていた答えがソフィから返ってくる。覚悟はしていたが、いざ正面から言われると辛いものがある。
「理由を......聞いていいか」
「知っての通り私達聖女となるものは命が短いです。だからユシスさんといつまでこうして話をすることができるか分かりませんし、もし一緒になったとしてもどれだけ長くいられるか......」
「それは俺を心配して言ってくれているのか?」
「当たり前じゃないですか。私が居なくなったらユシスさんは独りぼっちになってしまいますし、仮に子供が生まれてもその子の成長を見ることもできないかもしれない。だから怖いんです、ユシスさんと未来を描くのが」
俯きながら震えるソフィ。俺はそんな彼女を見て、いてもたってもいられず、彼女を優しく抱き締めた。
「ぁ......」
「なあソフィ、俺達はまだ出会って二日の関係だから、こんなこと言ってもまだまだ信用できないかもしれないが......」
腕の中で震えている彼女に俺は優しく声をかける。
「俺がそんなのどうにかする」
「......どうにか、って?」
「それはこれからゆっくり考えよう。そんなので未来を諦める必要なんてない。もしソフィに何かあったら絶対に護るし、助ける。気が早いかもしれないけど、ソフィが望むなら家族だって作ろう」
「それは少し気が早いです」
「と、とにかくだ。ソフィが怖がる必要なんてない。俺が側にいる。だから......」
俺は一度彼女の身体を離し、もう一度だけソフィを見て自分の気持ちを言葉にした。
「ソフィ、俺はお前が好きだ。聖女とかそんなの関係ない。俺はソフィを一人の女性として好きだ。だから付き合ってほしい」
ソフィはしばらく黙る。そして今度はたっぷりと時間を使って考えた後、答えを出してくれた。
「こんな私ですが、よろしくお願いします」
この日、世界の柱と王国の護りの柱が一つに結ばれた。
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「これが母さんと父さんが付き合うまでの物語だ」
ユシスは自信満々にそう言った。こんな話を一時間近く聞かされた俺だが、感想としてはただ一つ。
「おかあさん、よくオッケーしてくれたね」
「いや、全くもってその通りなんだけど、娘にそんなこと言われると父さんショックだな」
「だって本当のことなんだもん」
ユシスの一方的な好意からこの物語が始まったわけで、母親ソフィの心情を考えるといたたまれなくなる。
(本当に困っていたんだろうな......)
会ってたった二日の関係で、あんな大きな場所で告白されて、一度は拒んだのにそれでも諦めなかったユシスに向こうが折れたようにしか俺には思えない。
「それでおはなしは終わり?」
「いいや、まだ終わってない。セフィには改めてちゃんと話しておかなきゃいけないことがある」
「わたしに?」
「母さんと父さんが結婚して、セフィが産まれて、そして母さんが亡くなった時までの話だ」