第32話十年前 この身を捧げて
記念祭から二年後。
俺はクラトスさんの跡を継ぎ、騎士団長に就任した。そして就任して一番最初の大きな仕事が、
「お久しぶりです、ユシスさん。まさかユシスさんが騎士団長に就任するだなんて」
「それはこっちも台詞だよソフィ様」
「や、やめてください、ソフィ様だなんて。恥ずかしいです」
二年前に出会ったソフィが聖女となった、その戴冠式の護衛だった。
「話は聞いているよ。フィーネ様が床に伏してしまったんだよな」
「はい。少し前までは元気だったんです。しかしある日突然倒れて......」
聖女がある日突然病に倒れるというのは決して珍しい話ではなかった。ただそれはいつも突然やって来て、原因も分からぬまま新たな聖女に代わる。言葉にしてみれば簡単なことなのだが、聖女が代わるということは世界の柱が変わることと同じ意味だ。
「一応まだフィーネ様は生きているんだよな?」
「フィーネ様は、息はしていますが未だに意識が戻らない状態で、それもいつまで持つのか分からない状況なんです」
「そうか......」
ソフィの口ぶりからして、助かる見込みはほぼゼロに思えた。
(考えたくないけど、ソフィがこうして聖女になる以上は、そうとしか考えられないよな......)
「ソフィは怖くないのか?」
「え?」
「突然世界の命運を背負わせれて、いつ自分がフィーネ様と同じようになってしまうか分からないこの状況、ソフィは怖くないのか?」
「そ、それは覚悟の上ですから」
明らかに俺の言葉に動揺をするソフィ。きっと彼女は、何もかもが急なことで全てを受け入れきれていないのだろう。
突然フィーネ様の跡を継いで
突然世界の命運を背負わせれて
彼女は覚悟の上と言ったが、このあまりに重い荷を、言葉だけの覚悟で片付けられるものじゃない。
「本当に、覚悟はあるのか?」
「ゆ、ユシスさん? どうしていきなりそんなことを」
「そんなの決まっているだろ。俺は心配だからだ」
「心配?」
「つい先日までただの付き人だったお前が、いきなりこんな大きな役目を任されて、普通なら不安で仕方ないはずだ。そおれでもそんな様子すら見せようとしないお前が、俺はすごく心配なんだ」
ソフィが新たな聖女になるという話を聞いてから、俺はずっと彼女のことを心配していた。たった一日を共にしただけの仲なのに、どうしいても放っておけない。その理由は単純明快だった。
「私のことを、心配してくれるんですか?」
「当たり前だろ? 言葉じゃ伝わらないと思うが、俺はソフィのことをすごく心配している」
「ありがとうございます、私のことをそこまで心配してくれるのはユシスさんが初めてです」
俺のそんな言葉に少し嬉しそうに、けど物悲しそうにソフィは答えた。
「初めてって......他に心配してくれる人はいないのか? 例えばご両親とかは今回のことは?」
「私の両親は、私が小さい頃に亡くなっているんです。魔物との戦いに巻き込まれて」
「戦争孤児、か。俺と一緒だったんだな」
「ユシスさんも、ですか?」
「ああ。こう見えて俺も両親がいない」
この世界では、魔物との戦いが激化していく内につれて、無関係の人を巻き込んでしまうようになっていった。その影響で俺やソフィのような親を亡くし独り身になった子供、『戦争孤児』が生まれるようになってしまった。
「何というか俺達って色々と似ているんだな」
「不思議なことに私もそう思います。二年も会っていないのに、ユシスさんには親近感が湧くというか......」
ただの偶然の話なのかもしれないが、やっぱり俺とソフィはどこか似ていた。それはソフィも同じだったようで、今日ようやく俺とソフィの時間が始まったような気がした。
「そろそろ時間だな」
「はい。でもその前に、ユシスさんに相談があるんです」
「相談?」
「二年前、フィーネ様を襲撃した魔物たちのことです」
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戴冠式は特に大きな問題も起こることなく、順調に事が進んでいった。
「それでは新たな聖女、ソフィ。挨拶を」
「はい」
戴冠式が行われている聖女教会前の広場には一万人近くに人が集まっており、彼女は今からその人達の前で演説をする。
「この度先代フィーネ様の跡を継ぎ、新たな聖女となりましたソフィです。フィーネ様が床に伏せられてから、まだ僅かの時間しかたっておらず、皆様も私を受け入れるのはすぐには難しいかもしれません。それでも私は、この世界のためにこの身を捧げるつもりです」
ソフィの言葉に皆が黙って耳を傾ける。観衆の見えないところで護衛についている俺は、さっきのソフィの言葉を思い出していた。
(人の姿をした魔物、か)
二年前、フィーネ様を襲撃した魔物は、誰にも気づかれずにあの記念祭の中を潜り抜けた。それを可能とする方法は果たしてあるのだろうかと、あれから何度も考えたが答えはでなかった。
『その答えはとても簡単なものだったんです。魔物が人の姿となって、あの場に潜り込んでいたんです』
『魔物が、人の姿に......』
『あり得ない話かもしれませんが、この二年で私たちが出した答えがそれでした』
『もしそうだとして、この戴冠式に現れても見抜くのは簡単じゃないぞ』
『だから誘き出すんです』
『誘き出すって、まさか囮になるのか?』
『はい。私なりの覚悟をユシスさんに、世界中に見せます』
戴冠式直前にソフィはそう語った。護るのが王国騎士団の役割なのに、そんな事を言われてしまったら商売上がったりだ。
(でもそれがソフィの覚悟なら、俺にはそれを止める資格があるのか?)
俺の心の葛藤も無視して、ソフィの演説は進んでいく。
「私は今日までフィーネ様と一緒に、この世界の様々なものを見てきました。いいこともあれば、悪いこともあり、私はフィーネ様から色々なことを教えてもらいました。その中で私が知ったのは、この世界には私達と同じように人間の姿をした魔物もいるということです」
ソフィの言葉に広場がざわつく。それもそうだ、この中に魔物が潜んでいる可能性があるなんて言われたら、誰だって動揺する。
(どういうつもりなんだ、ソフィ)
ざわつきを聞きながらも、ソフィは言葉を続ける。
「しかし皆さん、怖がる必要はありません。私が必ず守ってみせます。例えこの身を犠牲にしようとも、私は覚悟をもって貴方達を、この世界を」
『守ります』と、ソフィが言おうとした時だった。人混みの中から、あの時と同じように魔物が動く気配がした。
「ソフィ!」
俺は思わず彼女の名前を呼んでいた。様をつけなかったり、呼び捨てにしたり不敬なことが多かったかもしれない。それでも俺は......。
「折角の私の覚悟、台無しにしないでくださいよ、ユシスさん」
「馬鹿、ここでお前を助けなかったら騎士団長としての意味がないだろ」
王国騎士団長として
男として
彼女を守り通してみせると決めた。




