第30話十二年前 護る者と癒す者
ロレアル王国王立記念祭
それは年に一度行われる、王国最大の祭りで国外から多くの観光客が訪れ、多くの来賓が一同に王都に集まる。聖都に住んでいる聖女フィーネもその一人であり、今回その護衛を任されたのがロレアル王国の盾、王国騎士団だった。
「聖女様というのはやはりこういう行事に参加するだけでも大変なんですか?」
歩きながらクラトスさんが訪ねる。
「はい、私達聖女の名を持つ人間は、おいそれと外へ出ることはできません。もし自分の身に何かあれば、世界の危機に直結してしまいますから」
「だから我々を護衛に選んでくださったと」
「はい。この世界で護衛を頼めるのは、王国騎士団以外にいませんから」
「それは買い被りすぎですよ」
と謙遜しながらも少しだけ嬉しそうな顔をするクラトスさん。騎士団長としてそんなこと言われたら冥利に尽きるのだろうけど、
「クラトス様はいつから騎士団長に?」
「丁度十年前から、ですね」
「長いこと王国を護られておられるのですね。素晴らしいです」
「き、騎士としての勤めですから」
今話すべきタイミングではないと俺は思った。
(護衛任務だってこと忘れてないよな、団長)
ただでさえ聖女が王都を歩いているというだけで、道行く人達から注目されているのに、こんな調子で歩いていては余計に注目が集まってしまう。おまけに先程からクラトスさんとフィーネ様が二人でずっと話しているので、護衛と付き人である俺とソフィが蚊帳の外となっていた。
「何だか私達だけ、置いてけぼりですね」
そんな二人を尻目に、いつの間にか隣にソフィがやって来ていた。俺が「うちの団長が迷惑をかけてすいません」と謝ると、彼女は少し苦笑いしながらこう言った。
「迷惑だなんてそんな。フィーネ様は最近教会に缶詰状態にされていたので、こうして外に出て誰かと話すのが久々なんです。ですから、フィーネ様自身嬉しいことなのでしょうけど......」
「すごく、目立つよな」
「はい、ものすごく」
ソフィも同じ意見だったらしく、二人して思わず吹き出してしまう。お互いに困らされている立場からなのか、ソフィとは不思議とその時から意気投合していた。
そんな感じの状態が続いてしばらく、最初の目的地に到着。
「フィーネ様、お仕事のほう忘れないでください、ほら、王宮に到着しましたよ」
「団長も。これじゃあ俺達が何のためにここにいるか分からないですよ」
到着してなお二人は会話を楽しんでいたので、二人してなんとか引き剥がす。俺はため息を吐きながら、団長に詰め寄った。
「何だよユシス、話を遮ってしまったら、フィーネ様に失礼だろ」
「俺達護衛をしに来たんですよ。目立ちすぎて、逆に誰かに狙われたらどうするんですか」
「め、目立っていたのか?」
「ええ。道行く人たち皆が二人を見ていました。これだと何のために」
「待ったユシス」
この先もこのままだと困るので、説教をしたときクラトスさんは真面目な顔で言葉を遮った。
「どうかしたんですか団長」
「武器を構えろ」
「え?」
「フィーネ様は既に狙われている」
■□■□■□
元王国騎士団長 クラトス
彼は剣の実力もさることながら、いち早く敵の気配を察知する鋭い感覚を持っていた。その実力は彼の先代にも買われ、わずか五年で王国騎士団長を任されたという。
(この感覚の鋭さ、本当に尊敬する)
「俺は正面からフィーネ様をお守りするから、ユシスは反対側につけ。敵の数は多くはないが、実力のある持ち主に違いないから、油断はするなよ」
「はい、団長」
未だ自分は気配を察知できていない中で、クラトスさんの指示通り反対側......ソフィの正面に立った。突然動き出した俺達に、戸惑う二人に対してクラトスさんは冷静に説明する。
「お二人とも、気を付けてください。早速命が狙われています」
「「え?」」
「ここが王宮前の広場なだけあって、敵は大きな動きはしないと思いますが、油断はできません。俺とユシスが命を懸けてお守りします」
「分かりました。この命騎士団長様にお預けします」
王国騎士団がどこまで聖女教会に信頼されているかは分からない。しかし聖女フィーネ様の言葉からは絶対的な信頼を感じていた。それが通じたのか、クラトスさんは少しだけ嬉しそうな表情を浮かべている(気がする)。
「ゆ、ユシスさん」
ただソフィの方とはいうと、こういうのに慣れていないのか震えた声で俺の名前を呼んだ。
(団長がフィーネ様、俺がソフィを......守れるか)
王宮前の広場は人が多い。おまけに俺達が急にこんなことをしだしたから、周囲が騒がしくなっている。この状況の中で、クラトスさんが言う"気配"の正体を見つけ出せるのか。
(っ! 今の気配......)
そんなことを考えている間に、明らかに異質な気配が動いたのを俺も感じ取った。
「団長!」
「ああ。ユシス、しっかりとそっちを守れよ」
「はい!」
俺の言葉とほぼ同じタイミングだった。群衆の中から、"それ"が動いたのは。
四足歩行の狼型のタイプの魔物が、フィーネではなくソフィに飛びかかってきた。
「ソフィ!」
俺はそれを盾で受け止め、片手剣で反撃の突きを加える。それは僅かに狼の頬を掠めたが、大きなダメージを与えるには至らず、俺の盾を踏み台にして魔物はフィーネ様へと襲いかかった。
「なっ」
「フィーネ様!」
しかしそれを自慢の大剣の腹で受け止めたのは、クラトスさん。ここまでの動きは想定内のような動きで、狼を切り払う。だが魔物はタフなのか、後退はしない。
「次が来るぞ、ユシス」
「はい!」
クラトスさんの言葉と同時に、空から今度は鳥型の魔物二匹がこちらに向けて同時に急降下してきた。
「空から?!」
俺はまず一匹を盾で受け止め、弾き飛ばす。そして二匹目は降りてくるタイミングに合わせて、盾を使わずに直接翼を斬り裂いた。すると片方の翼が折れ、魔物は悲鳴をあげながら地に伏す。
そして盾で弾き飛ばした方の魔物は、態勢を建て直す前に斬り裂き、何とか凌ぐことに成功した。
「よくやったなユシス」
「このくらい大したことないですよ、それより」
その頃にはクラトスさんも先程の魔物を倒し終えていた。フィーネ様とソフィもとくに怪我なはなく、とりあえずひと安心、と言いたいところだったが.....。
「すげえ」
「あれが王国騎士団......」
「見て、ソフィ樣よ」
人が多かったこともあり、広場では俺達四人を見て軽い人だかりができてしまっていた。
「俺達、余計に目立ってしまいましたね」
「こんなところで戦闘をしたら、目立つよな」
「早く王宮に入りましょうか」
「皆様こちらです」
これ以上騒がれる前に四人は王宮へと入っていく。とりあえず一時的な襲撃は凌げたようだが、俺は少し違和感を感じていた。
(たたでさえ人混みがおおいこの広場で、何で魔物がいることに誰も気づかなかったんだ?)
鳥型はまだいいとして、狼型なんて誰にも気づかれずに襲いかかるなんて普通ではできない。
(それなら、どうやって......)
ただ俺がこの時の答えを知るのは、大分先の話だった。