第21話おとぎ話のような現実の話 前編
その後こちらも一通り自己紹介をし、聖女は俺達に語りかけるように話を始めた。
「皆さんにまずお尋ねしたいのは、皆さんはこの世界での聖女という役目をどこまで知っているのか、です。どうでしょうか、セフィさん」
「え、わたし?」
不意に自分に話を振られ戸惑いつつも質問に答える。
「この世界の聖女は、世界を覆う闇を払い、きずついた人々を癒す存在だって聞いています」
「その通りです。流石はセフィさんですね」
何が流石なのか分からないが、褒められる。この言葉にどうしても疑問を持つ俺は、少しだけ複雑な顔を浮かべる。そもそも彼女がここに俺達、いや、正確には俺を呼んだのはこんな話をするためじゃないはずだ。
「あ、あの、お母、さん」
「どうしましたかユイ」
「わ、私、お母さんに聞きたいことが沢山あるんだけど」
「それはいますぐ必要なことですか?」
「ひ、必要だよ。アリエッテちゃん達だって一番知りたいことだし」
「そ、そうですわ! せ、聖女様、どうしてかのじょなんですか?」
「彼女? あー、もしかしてナインが既に口を滑らせてしまいましたか」
「申し訳ございませんユリエル様」
「謝ることではりませんよナイン。少しフライングですが、今日の目的はそっちですから」
「じゃあやっぱりお母さんは......」
「そう遠くない未来に彼女を私の後継者に選びます」
そう言う聖女の視線の先にいるんはセフィ。
「え?」
しかし手伝う話は聞いていたものの、後継者とかそんな話は一度もしてこなかった。いや、聖女の仕事をするということは自然的にそうなるんかもしれないが、そんなのまだまだ先の話だし俺はまだ聖女の仕事をする事を了承すらしてない。
「ユリエル様、お言葉ですがそれは気がはやいような......」
そう言葉を洩らしたのはアリエッテ。それには同感だし、実の娘がいる手前その言葉はユイにはあまりにも酷過ぎる。
「アリエッテちゃんは......コフィン家の一人娘でしたね。ではアリエッテちゃんに聞きますが、いつなら気が早くないのでしょうか」
「え? それは......」
「意地悪な質問でしたね。つまり私が言いたいことはそういう事です。そして事態は一刻を争っています。だから今日は貴女と直接お話させてもらいます、二人きり」
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結局アリエッテやユイに詳しい事情は話されず、俺だけが部屋に残され他の三人とナインは部屋を出ていってしまった。
「さて、ようやく二人きりでお話ができますね。セフィさん」
「......」
「もしくはこう呼ぶべきでしょうか。ヒカルさん」
「っ!? ど、どうしてそのなまえを......」
セフィではなく折原光としてその言葉に反応してしまう。この世界で俺のことを、ましてや名前など知っている人間は希を除いたらいない。それなのにこの聖女はフルネームでないにせよ、俺の名前を呼んだのだ。
(ただの偶然か? いや、そんなわけ)
「信じられないって顔をしていますね。私の方こそこの計画が信じられないものですが......」
「たしかに普通はしんじられない話かもしれません。でもわたしはこうしてこの世界に産まれました」
セフィではなく俺自身の言葉を聖女にぶつける。
そう、何一つ嘘はついていない。
全てが現実で、こうしてセフィとしていることが何よりの答え。
「それは分かっています。だからこうして貴女を招きさせてもらいました。女神の加護を宿した貴女を」
「わたし、自分自身のことはまだ信じられていません。この五年何度もへんりんは見てきました。だけど......」
幼少の頃から確かに自分の力について少しは自覚していた。けど、死に行く母親に何もしてあげられず、先月の遠足も何一つ役に立てなかった。
「このちからが、せかいの為とか誰かの為になんてまだ一度もないんです」
「それはまだ、貴女が幼いからではありませんか?」
「それ、は.......」
その通りだ。セフィは産まれ六五年。その何倍も生きている目の前の聖女や大人たちと比べたら、まだ経験も力も不足している。
(そんなことは分かっているんだよ。だけど今何もできないからこそ不安なんだ。この先に進むのが)
「......聖女というのは生まれながらにして力があっても、なれるものではありません。それ相応の努力や知識も必要ですし、心を持つ必要があります」
「こころ......ユリエル様にもあるのですか?」
「ええ勿論。但しのその心は、普通に生きていては持てない心です」
「わたしたちにはまだないこころということですか?」
「ゼロではないかもしれないですね。セフィさんも少しはあると思いますよ」
「そのこころというのは......」
「どんなことでも全てを受け止め、優しく包み込む心です」
そう言うと聖女は目の前のセフィの身体を優しく抱き締めてきた。
「え、っと、ユリエル......様?」
「これもその心の一部です。遠い異世界から転生してこの地にやって来た貴女を、私は聖女の心の元に受け入れましょう」
囁きながら背中を優しく撫でてくれる聖女。
その抱擁はまる母のようで、ずっと昔になくした温もりを彷彿とさせてくれる。
(温かくて.......このまま眠ってしまいたい......)
こんなに優しくて暖かい布団、包まれたら抗えない。
こんなのに俺はなれるのか?
こんなにも優しい心を俺は持てるのか?
ユイやアリエッテの気持ちを踏みにじって.......。
「怖いんです」
「怖い?」
「わたしは......いくら力があっても、わたしにはユリエル様のようなほうようりょくを持てないです......優しいこころも......だから、せいじょになっても、きっとうまくいかない......それが怖いから、うなずけませんでした」
その思いが言葉になって出てくる。それは小学生らしい言葉でもあるが、俺自身の本音でもあった。本物の聖女を目の当たりにして、こうして抱き締められて、心の不安は広がるばかり。
(何が正しいんだ......俺は何をすれば正しいんだ......)
「こんなことを今から話すのは酷かもしれませんが、私もセフィちゃんが言うような完璧人間はないんですよ」
「え?」
「私も、先代の聖女達も、そしてソフィさんも皆完璧ではなかったんです。それなりの覚悟をもって自分の役目を果たしてきました」
「お母さんが?」
「今から貴女にはあることをお話しします。それを聞いてどう捉えるかはセフィちゃん次第です。今言ったように怖いなら逃げてもいいです。けど、その分の代償も小さくはない、ということだけ覚えていてください」
聖女はそう前置きをすると俺に語った。
きっと誰も知ることのない覚悟の話を。
そして母親のソフィの話を。
まるで眠りにつく子供に読み聞かせる絵本のように。
おとぎ話のような現実の話は、俺の心を大きく動かし、大きく惑わすことになった。