第20話あまりに大きく優しい存在
ナインの来訪からあっという間に二週間が経ち、月も日本で言う6月、睦の月になった。
「今日もあいにく、の雨ですわね」
「ここ最近ずっと雨だもんね」
「し、仕方なと思う。そういう季節だってせんせい言ってたし」
「でも今日くらいは晴れてほしかったな、あたしは」
セフィを含めた四人は、ナインとの約束通り聖女教会の本部へとやって来ていた。
外見は普通の教会よりも何倍も大きく、先日訪ねたアリエッテの家にも匹敵するくらいの大きさだった。アリエッテの家も大概だが、教会がそのレベルで大きいと言うのにも驚かさられる。
「お待ちしていましたセフィ様とユイ様、それとご学友の方々」
到着してしばらく、ナインが俺達を出迎えてくれる。服装は二週間前と全く同じ。むしろ周囲を歩いている人も同じ服装なので、これがここでの正装なのかもしれない。
(それにあわせてこっちも制服を着て来て、正解だったのかもな)
それに対してこっちは全員学院の制服。特に指定とかはなかったが神聖な場所ではあるので、こっちちゃんとした服装で行こうということになった。
日本で言う社会科見学に近い小さな行事になっていた。
ところで今のナインの言葉に引っかかることがあった。
「今ユイ様って言わなか」
「ま、待って今セフィ様って」
「はい。いずれユリエル様を継ぐ方ですから、敬意を払ってそう呼ばせてもらっています」
「そ、そんなの聞いてない!」
「お話しする機会がございませんでしたから」
「いや、そもそも私もなるって決めたわけじゃ」
実は俺は二週間前のことをアリエッテ以外に話していなかった。だからユイの反応は当然だし、フランも口をあんぐりさせている。
ただそれを知っている俺とアリエッテは、別のことで驚かされている。
「ちょ、ちょっと待ってユイ、私も気になることがあるんだけど」
「ナイン、は、早くお母さんに会わせて!」
「ユイ様、一度落ち着いてください。貴女もご学友にお話されていないことがあるのでは?」
「あ......」
俺とアリエッテ以外はセフィの事を。
そしてユイ以外の三人はユイの事を。
この僅か五分の間に知らされることになった。
(俺の方がバレるのは分かっていたけど、まさかユイにもそんな秘密があったなんて)
この社会科見学、何もなく終わりそうになさそうだ。
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ナインの案内でまず俺たちが通されたのは礼拝堂。普段授業している場所とほぼ変わらない景色だが、大きさはがやはり違う。
「まずはここで女神様にお祈りをしていきましょう」
女神にお祈り。
これは学院の日課でもあるので、すっかり慣れている作法だが、今日に限って余計な雑念が入って集中できない。
(ユイの母親は今現在聖女をやっている人。けど聖女長年生まれていないって五年前にシェリは言っていた。あれから事情が変わったのか?)
二週間前から俺は少しだけ聖女と言う存在に疑問を持っていた。勿論この世界には欠かせない存在ではあるのだろう。授業でそれは一番最初に習った。
闇に覆われた世界に光を差すことができる存在。
けど俺は未だにこの世界の闇の部分が分からない。俺が知らないだけなのか、この五年間でそれらしい答えは見つかっていない。クラリス山で遭遇した魔物はその一部ではあるのかもしれないが、それに対抗できないのが遠足の際に判明してしまったので、心の中は複雑だった。
(その答えもここで見つかるのかな......)
そんなことを考えている間に、お祈りが終わる。
「では早速ユリエル様のところに向かいましょうか」
「い、いきなり向かうの?」
「あれ? ユイ様は早くお会いしたいのでは?」
「うぐっ、そ、そうだけど......」
入る前とは真逆の事を言うユイにナインに突っ込まれる。多分自分達を母親に会わせたくないのかもしれない。気持ちは分かるがナインが一緒な以上それは不可能だろう。
「では行きますよ、皆様」
ナインに引き連れられ、俺達は教会内を移動する。移動している間も、多くの教会の人達とすれ違うが、その視線に俺は違和感を覚える。
(普通はこういう場所にいる俺達に向けられるのって、物珍しさとかのはずなんだけどな)
向けられる視線は何故か友好的、いや尊敬、崇拝? に近いものと殺意みたいなものが混ざっている。まだ友好的は分かるが、後者三つは明らかにおかしい。特に殺意なんて、小学生相手に向けるもんじゃない。
(しかもその視線、明らかに俺だけに向けられているんだよな......)
異常な視線の中で歩き続けること五分。俺達はいかにも厳重そうな扉がある部屋の前にたどり着く。
「ユリエル様、セフィ様たちお連れしました」
「どうぞ、お入りください」
ナインの言葉に中から優しそうな声が返ってくる。
(この先に聖女が......)
「失礼いたします」
俺は少し緊張した面持ちで、アリエッテ達と一緒に部屋の中へと足を踏み入れた。
部屋の中は誰でも住めそうな一般的な部屋とは変わらず、そこにあるベッドにその人は腰かけていた。
「よく来てくださいましたセフィさん方。そしてユイはこうして会うのは入学式以来かしら」
「お母さん.....」
「この人が」
「聖女ユリエル、様」
その女性はただ美しかった。
ユイと同じ黒髪を腰よりも下まで伸ばし、たれ目がちの細い瞳は、見た者に常に微笑んでいるような印象を与える。その声色も母として、そして世界を守る聖女であるかのように優しく、聞いた者に安心感と安らぎを与える。
そして何より特徴的なのは、彼女が纏うオーラ。後光すら差してもおかしくないくらい包容力のあるそのオーラは、人類を、いや世界を包み込暖かさがあった。
つまり彼女は文字通り聖女と呼ぶべき存在だった。
(俺が本当になれるのか? こんなにも大きな存在に)
そんな俺の心情を知ってか知らずか、聖女ユリエルは優しく微笑み、軽く会釈をした。
「初めまして。私はユイの母親であり、この世界の現聖女ユリエルと言います。皆さんにこうしてお会いできるのを、心待ちにしておりました」