第15話一輪の百合
結局セフィと言う名前の少女がリラーシア学院に通学していると分かっただけで終わり、私達はクラリス山を下山。その後フランちゃん達がどうなったか分からなかったけど、私の想像を越えた情報が耳に入ってきた。
翌日の仕事中のこと。
「なあ聞いたか? 昨日クラリス山で山火事があったらしいぞ」
「山火事? 何だってあんな山なんかで」
「ほらあそこの山で毎年行事をやってる学校があるだろ? そこの生徒が誤って木に火を付けたんだってさ」
常連のお客さんの会話がたまたま耳に入った。
(クラリス山で山火事? そういえば下山した後やたらと山の方が騒がしかったような......)
「ねえ今の話、詳しく聞かせて」
「何だよノゾミちゃん。そんなに気になるのか? 特に大事にはならなかったし、面白くないと思うぞ」
「それでも気になるの!」
「分かった、分かったから落ち着いて」
私は自分の仕事も忘れて山火事のことを聞く。その話を聞く限りでは、怪我人とかは居なく、皆無事が確認されたらしい。
(よかった、フランちゃんも光も無事だったんだ)
「それにしても不思議な話だな。あそこで行事やってるのって、リラーシアの初等科で、それも入学したての子達だろ? その誰かが山を燃やすって、よっぽどじゃないか?」
「よく考えたらそうだな。普通に考えたらあり得ない話だよな」
「そんなに不思議な話なの?」
「魔法を使えると言っても威力はその人の潜在魔力値によって威力が変わるからな。木を燃やすのだってその値がある程度高くなければ無理だ。それが初等科一年生なら尚更だ」
潜在魔力値の話は聞いたことがある。魔法を使わない私には関係のない話だと思っていたけど、この値が高いことには意味があるらしい。
その値によって聖女になれるかどうかも関わっているとか。
「でも実際火災は起きたんでしょ? それならあり得ちゃうんじゃない?」
「まあ可能性としては、だな。何だノゾミちゃん、そんなに興味がある話なのか?」
「え、あ、うん。ほんの少しだけ」
光は聖女の生まれ変わりとして、セフィになってこの世に生まれ落ちた。それならその潜在魔力値は普通の子とは違うかもしれない。そこから導き出される結論は......。
(山火事の犯人は光?)
■□■□■□
その日の仕事終わり。自室に戻って眠ろうとしたら、シオンに話があると言われて街に連れ出された。
翡翠の街オリーヴ
ヨーロッパの情景を彷彿とさせるこの街で私はシオンやマスターに出会い、五年の時を過ごした。けど当たり前のように過ぎていた時間も、少しずつ変化し始めている。
「仕事終わりに散歩に誘ってくるなんて珍しいね、シオン」
私とシオンは店から出て少し歩いた先にある公園のベンチに腰掛ける。
「......」
肝心の呼び出した張本人は外に出てからずっと喋っていない。普段はこんな様子を見せないシオンだけに、私の心配はより深まる。
「ねえノゾミ、単刀直入に聞いていい?」
「な、何?」
「ノゾミってもしかして私達に何隠し事してる?」
「か、隠し事? どうして急にそんなこと」
今までシオンに私自身のことを問い質されたことがなかったので、私は激しく動揺する。
「ここ数日のノゾミの様子が気になってたから、何隠してるのかなって思ったんだけどその様子だと......当たりなのかな」
「ち、違うわよ。別にそういう訳じゃ」
「それならどういう訳?」
「そ、それは、その......」
私は言葉に困る。今ここでシオンに本当のことを伝えるべきなのか。伝えたら協力してくれるかもしれない。けどもし、この五年間が崩れてしまったら......。
(伝えるのが怖い......)
「大丈夫だよノゾミ」
「え?」
「私はどんな話でも受け入れる。五年間一緒に過ごしてきた仲でしょ?」
「シオン......信じていいの?」
「うん」
私の言葉にシオンはまっすぐこっちを見て頷いてくれる。
そうだ、私はいつもまっすぐなシオンに救われてきた。その彼女が信じていいって言ったんだから、怖がる必要なんてない。むしろ話すのが遅かったくらいだ。
「分かった、話すね私のこと」
私はシオンに語った。
自分はここではない別の世界から来た人間だということ。
そして私の身代わりになって転生した光、もといセフィという少女を探していたことを。
そしてそのセフィの足取りがようやく掴めたということを。
「つまりノゾミは私達とは別の世界から来たロリコンということ?」
「その言い方だとものすごく語弊があるんだけど?!」
セフィがまだ小学生だから、そういう風に見えてしまうかもしれないけど、断じて違う。
「でも良かった、そのレベルの話で」
「え?」
「もっと重大な話だと思ったからさ。例えば私は魔族でしたー、みたいな」
「私魔族に見える?」
「全然。それに異世界から来たって話はよくある話だから、何も驚かないよ。私なんかに比べたら......」
「シオン?」
急に暗い顔をするシオン。まただ。シオンは時々暗い顔をする時がある。特に自分のことを話そうとする時は決まって暗い顔になる。
今まで踏み込んでこなかった彼女の隠し事だけど、この際私も踏み込んでみるべきなのだろうか。
「ご、ごめんね、ノゾミの話なのに、私が暗くして」
「ううん、そんな事ないよ。でも少しだけ気になるかな......」
「気になる?」
「シオンも時々何か思い詰めた顔をする時があるでしょ? その理由を知りたいなって」
「わ、私?! わ、私はその、遠慮したいんだけど」
「五年間一緒に過ごしてきた仲、でしょ?」
「うぐぅ」
思わぬ反撃を食らって、言葉を詰まらせるシオン。そして次に彼女が発した言葉に私は度肝を抜いた。
「......き、なの」
「き?」
「私、ノゾミの事が好きなの! 一人の女性として」
「......はい?」
私とシオンの間に一輪の百合の花が咲いた。