第122話テンプテーションパニック 後編
「だ、誰か助けてください! セフィちゃんがぁ!」
空を飛びながらオリーヴの復興を手伝っていると、いきなりセフィの名前が聞こえてそっちを見た。
(あの人、確かさっき羽子板で事故を起こしていた)
周囲を見回すと誰もが忙しそうにしていて、すぐに迎えそうになかったので私が彼女の元へ向かう。
「どうしたの? そんなに慌てて」
「あ、て、天使さん! あ、あの、セフィちゃんが、大変なことに」
「大変なこと?」
かなり慌てている彼女の背後を見ると、セフィがこちらに向かって歩いてきている。ただその足取りはふらふらしていて、よく見ると頬がすごい赤い。
「ああ、そういう......」
私は大体何があったのか察した。女性はとある種族の特徴と合致しているし、羽子板の件と種族のある能力を考えたら、何が起きたか自ずと分かる。
「魅了 に掛かっちゃったんだ」
「で、でも、女性には効き目は薄いはずですし、ま、ましてやまだ小さい女の子相手なんですよ?」
「それは、まあ、セフィが特殊だからね」
ああ見えて中身が立派な成人の男なのだから、魂に貫通してしまったのだろう。事情を知らない彼女には申し訳ないけど、なるべくしてなってしまった、そういうことだと思う。
(それにしても)
「あ~、フィアお姉ちゃんもここにいるんだ。フィアお姉ちゃんもぎゅうってしてほしいなぁ」
「可愛い」
「え? 天使さん?」
「今お姉ちゃんがぎゅうってしてあげる」
「わーい」
私はサキュバスの彼女を押しのけて、セフィを抱き締める。
「セフィは私が護ってあげる。離さないから」
「私もお姉ちゃんだいすきー」
私はセフィをスリスリする。この可愛すぎる生き物は、私をあっという間に虜にして、私の母性本能をくすぶった。
「天使さん、し、しっかりしてください! み、ミイラ取りがミイラ取りになってしまいました」
「貴女も一緒にどう? サキュバス」
「さ、さりげなく誘わないでください! さ、サキュバスはそっちの立場なんですから!」
何かを言っているか分からないが、目の前のセフィが可愛いからそれでいいや。
2
「ノゾミさん、た、大変です! た、助けてください!」
飛翔の営業中、私の元にメルフィちゃんが助けを求めてきた。
「どうしたのメルフィちゃん。そんなに慌てて」
「せ、セフィちゃんと、て、天使さんが」
「セフィとフィアさんがどうしたの?」
「ふ、二人とも、その、わ、私のせいで様子が変で」
「様子が変?」
「え、えっと、その」
説明をしたいのかそうじゃないのか、メルフィちゃんは何か一人でブツブツと言い出す。「これって、ノゾミさんにも、せ、説明しないもいけない流れなんですよね」って聞こえているけど、何か別に話さなければならないことでもあるのかな。
「どうしたのノゾミ。騒がしいけど」
すると買い出しに行っていたシオンも飛翔に帰宅してきた。
「し、シオン? どうしたの顔真っ赤よ?」
「え、あれ、そういえば頭がボーッとしているような......でも、これって」
「熱でもあるんじゃないの? なら今すぐ休んで」
ドキッ
シオンが心配になって駆け寄ろうとしたとき、ふと胸が鼓動が急速に早くなるのを感じた。
(あ、あれ、今の何?)
シオンを見ただけのはずなのに、何故か今まで生まれたことがない感情が沸いてくる。
「な、なんでこんなことになるんですか?!」
隣のメルフィちゃんが何か叫んでいるけど、それすら耳に入らないくらい私はシオンから目を離せない。
ー更にそこに、
「あっ、ノゾミお姉ちゃんだ!」
光......ではなくセフィがやって来て。
「い、今私のことなんて呼んだの?」
「んー、セフィお姉ちゃんだよ?」
「~っ、お、お姉ちゃんっ!? そうよ、私は貴女のお姉ちゃんよセフィ」
私はセフィをぎゅうって抱き締める。
「ちょっと待って。セフィは私の妹」
直前にフィアさんにセフィを奪い取られてしまう。
「返して! セフィは昔から私の!」
「違う。セフィは生まれる前から私のものだって決まっていたの」
「「むぅっ」」
睨み合う私とフィアさん。間に挟まれたセフィは、どうすればいいかキョロキョロしていたけど、私達をどっちもお姉ちゃんと思ってくれているようだった。
「譲らないなら仕方ない、勝負をしましょう。どっちがセフィのお姉ちゃんなのか」
「異論はない。ここで会ったが百年目。決着をつけよう」
「お、お二人とも、どうしてそうなるんですか?!」
私達が平等に決着つける方法に選んだのは、さっきまで遊んでいた羽子板だった。
「これなら魔法も何も関係ない。5点先取でデュースはなし。勝った方が正真正銘セフィのお姉ちゃんよ」
「手加減はしない。本気でいかせてもらう」
私達の譲れない戦いが今、火蓋を切ろうとしていた。
「魅了回復 !」
けどそれを思わぬ形で制止されてしまった。
「何か騒がしい音がすると思ったら、何をやっているんですか皆さん!」
「何って、あれ私本当に何を」
「私も」
急に晴れる視界。私達の魅了を解いたのは、盲目の魔法使いだった。
「す、スイカさん! よかった、助けてくれたんですね!」
「貴女達、いい大人がな・に・を・し・て・い・る・ん・で・す・か?」
私達を助けてくれた魔法使いは、顔は笑っていても明らかに怒っていた。
「あれ、俺も何をやって」
「俺?」
この後私達は滅茶苦茶説教された。
後日談みたいなおまけ
「ノゾミお姉ちゃんかぁ」
「そんなに憧れていたのかよ。俺としては黒歴史なんだけど」
「あんなに可愛い光、初めて見たのになぁ」
「あれは俺であって俺じゃないからな。何というか身体を乗っ取られたような感じだったんだよ」
「乗っ取り? 魔法の効果とかじゃなくて?」
「それは......なんとも言えない。魅了なんて生涯、かけられたことはないからさ」
「......私も覚えてみようかな」
「何か言ったか?」
「何でもなーい」