第121話テンプテーションパニック 前編
新年を無事迎えたその日のお昼。オリーヴでは新年恒例と呼ばれている(らしい)イベントが行われていた。
ーそれは羽子板大会と餅つき
誰が主催で、いつから開催されているのか言わずもがなだった。
「異世界にあまり地球の文化を持ち出すなよな、希」
「な、何のことかしら」
犯人にそう告げながら、俺はセフィとしてこのイベントに参加しなければならない。
(俺が小学生の時とかはよくやっていたよな、こういうの)
羽子板を手に取りながら、懐かしい思い出に浸る。まさか巡り巡ってまた小学生になって羽子板で遊ぶとは思っていなかったが。
そんなセフィの相手はー
「よ、よろしくお願いします!」
この世界ではなかなか珍しい黒い髪を腰くらいまで伸ばした、少しおどおどした女性だった。
(初めて見る人だな)
「え、えっと、こ、これをこう持つんですね?」
女性は羽子板を持つのも初めてだったのか、少し緊張しながらもサーブを放った。ふわっと優しい弧を描いた羽は、セフィの方へ向かってきて、
(よし、これなら返せ......)
途中で急に加速し、
「え?」
「あっ、に、逃げてください!」
何故か魔力を纏って、
「ぐふっ」
セフィの鳩尾に直撃した。
「た、大変! 大丈夫ですか?」
「だいじょうぶ、このくらいなんとも」
バタリ
「だ、誰か、誰かー!」
残念、セフィの冒険はここで終わってしまった!
というのは冗談で、俺が意識を取り戻したのは昨日寝ていた自分のベッドだった。
(一体何が起きたんだ?)
全てが一瞬の間に起きたことだったので、現状を理解できずにいると先程の女性が部屋に入ってきた。
「あっ、め、目を覚ましてくれたんですね! さ、先程はすいませんでした!」
目を覚ましたセフィを見つけて、女性は一目散に謝罪してくる。
「気にしないでください。さすがに驚きはしましたけど......。でもどうしてあんなことが起こったんですか?」
「そ、それが私の体質に関係があって......」
「たいしつ?」
「もしかしたら難しい話しかもしれないですけど、聞いてくれますか?」
「わたしでよければ」
向こうは小学生相手に話すつもりだからか、相談というよりはちょっとした摩訶不思議な話の感覚で女性は語った。
2
目の前の女性はメルフィという名前で、オリーヴの復興のために王都から来ていた所謂ボランティアらしい。
(なんかタイムリーな話になってきたな)
メルフィさんの話は続く。
「わ、私、こんな性格だから誰かと話すのは得意ではないんですけど、誰かのた力になりたいって思ったから......ここに来たんです」
「優しい人なんですね」
「そんな大層な人間では、あ、ありません。という、より、わたし、人間ではないんです」
「にんげんじゃない?」
「こ、これを見てください」
そういうとメルフィさんは、大きく吸い込んで「えいっ」と可愛く気合いを入れた。
するとなんということでしょう。メルフィの頭からツノと尻尾が生えてきた。
(これって)
見たことある。本の世界での話だけど、その容姿に俺は見覚えがあった。
「もしかして、メルフィさんは、サキュバスなんですか?」
「は、恥ずかしいんですけど、そういうことなんです」
サキュバスとは人の夢の中によく出現すると言われている魔族の一種で、その種族は基本的に女性と言われている。
「ふ、普段は隠しているんですけど、わ、私は何故か昔から他の仲間より魔力の数値が異常に高いって言われているんです。けど、私、魔法のコントロールが、苦手で、たまに、ああいう事故を起こしてしまうんです」
「そ、それは大変ですね......」
どうコメントすればいいか分からず、それ以外に言葉が見つからない。
「ど、どうにかしたいんですけど、方法は一つしかなくて」
「方法?」
「身体に溜まっている魔力を、い、一時的に発散させるんです。た、ただ、私はサキュバスですので、魔力を発散させる方法も限定されるんです。だ、だからどうしても溜め込んでしまって......」
今日みたいな小さな事故が発生してしまった、ということだった。
(サキュバスが魔力を発散させる方法なんて、一つしか考えられないんだよな)
俺は少しだけいやらしいイメージを浮かべてしまう。そういえば目の前のメルフィさんのサキュバスフォームも、何というか男の俺に刺さるものがあるというか......。
「せ、セフィちゃん? だ、大丈夫ですか? も、もしかしてさっきので。で、でも、この魔法ってじょ、女性には効き目はそんなに強くないはずなのに」
「メルフィさん、私、頭がクラクラしてきました」
「と、とりあえず落ち着いて深呼吸してください。中に入ってしまった魔力を吐き出すんです」
距離を置いていたメルフィさんが急にこちらに駆け寄ってきたことによって、俺の意識は余計にクラクラしてくる。
(これ、やばい。俺が俺だったら飛びついている......)
まるで熱に掛かったように頭がボーッとして、何も考えられない。まるで頭の中が桃色の何かに染められているような、自制心の歯止めが効かなくなってくる。
「せ、セフィちゃん、私の声を聞いてください! 自我を保つんです」
もう駄目だ、俺はこのままメルフィさんに染められて......。
「メルフィお姉ちゃん......ぎゅうってしてぇ」
目の前のサキュバスに甘えてしまっていた。




