第11話聖女の片鱗
この世界にやって来て一度も味わったことのない未知の感覚。
(なんだこの寒気.....)
全員に立ち止まってとは言ったものの、その先どうすればいいか分からない。もしこの気配がたとえ魔物だったとして、俺は......いや、セフィは戦えるか?
(あれだけ見栄張ってこれじゃ駄目だろ俺)
「セフィちゃん、どうしたの? あたしは何も感じてないけど」
「私も正直分からない......。でもこの山、やっぱりなにかいる」
「なにかって、もしかして、ま、まものとか?」
「わ、わたくし、まものなんて戦ったことありませんわよ?」
「それはみんな一緒だよ。だけど、さっきも言ったように、力を合わせれば」
言葉を言い切る前に気配が動くのを感じる。場所は近くの茂み。俺は咄嗟に茂みの近くにいたユイとに飛びかかった。
「ユイ、危ない!」
「え?」
こっちの行動が若干早かったお陰で、ユイを庇って地面に倒れこむことに成功する。その頭上をなにかが通るのを感じた。
「ファイア!」
それと同時に魔法で迎撃するアリエッテの声が聞こえる。
「だいじょうぶ? ユイ」
「う、うん。せ、セフィちゃんこそだいじょうぶ?」
「わたしはだいじょうぶ」
ユイの体を起こしながら、アリエッテ達の方を振り返る。そこには今しがた襲撃してきたであろう狼のような魔物と、何事もなかったようにこちらに寄ってくるアリエッテの姿があった。
「二人ともだいじょうぶ?」
「私達はだいじょうぶ。アリエッテは?」
「あたしも平気。それより......」
三人で一ヶ所に視線を注ぐ。視線の先にはこちらに背中を向けてしゃがみこんでビクビク震えているフラン。
「これは何となくだけど、分かってた」
フランと出会ったときからそうだったが、仲間と孤立している辺りから、彼女は明らかに本当の自分を隠していることが分かった。
(変にプライドを持っていたりするのは、やっぱり小学生らしいな)
簡単に言えばフランは『典型的なお嬢様タイプ』の女の子。非常に分かりやすいタイプだった。
「今までの全部、強がってただけってこと?」
「うん。怖い気持ちは分かるけど」
魔物とこうして遭遇するのはなんだかんだ言って俺も初めてだった。恐らくここにいる全員がそうに違いない。
(その中で冷静に対処したアリエッテは、やっぱりすごいのか?)
初めての遭遇でチビりかけた自分とは違って。
「あ、あの、フラン、ちゃん?」
そんな会話の間も震え続けているフランにユイが優しく近寄り声をかける。
「な、なんですの?わ、わたくしは身を守っただけで、決して怖がってなんか」
「つ、次があるよ」
「なぁっ?!」
フランの心にクリティカルヒット!
フランは心に深刻なダメージをうけてしまった!
「ね、ねえアリエッテ、私にはフランが死んでいるように見えるんだけど」
「あ、あたしも」
「え? え?」
俺達の過酷なピクニックは佳境を迎える。
■□■□■□
川沿いを歩き続けて約一時間。
あれから魔物との遭遇はなかったものの、一度遭遇してしまったこともあり、全員の警戒心が高かった。
「それにしてもアリエッテ、教えてもらったばかりのまほうでよく倒せたよね、まもの」
「あのまものが弱かっただけだよ。セフィちゃんでも倒せたって」
「そうかな」
歩いている間の会話はやはりさっきの魔物のこと。俺達が遭遇した魔物はワーウルフと言って、本で何度も見たことがある某ゲームでいうスライム相当の魔物だった。ただだからと言って初期魔法で、しかも一撃で倒すのは簡単ではないはず。
(これが魔力値不明の実力、か)
セフィも同じではあるが、同じようにうまくいくかは正直俺には分からない。
「それにまものの気配を読み取ったのはセフィちゃんでしょ? あたしよりすごいよ」
「それもたまたまだよ。それに一つ気になることがあるの」
「気になること?」
「ワーウルフって群れで動くって私本で読んだんだけど、もしかしてアリエッテが倒したのって......」
そこまで言って俺は足を止める。そもそも俺がさっき感じた気配はもっと大きく、悪寒を感じてしまうほどのものだった。
いくら初遭遇とはいえ、ワーウルフ一匹にあそこまで感じてしまうものなのだろうか。
もしあれが別の気配で、ワーウルフの群れの主だとしたら......。
そう考えたタイミングとほぼ同時に、耳をつんざくような咆哮が山中に響き渡った。
「な、なんですの?」
「み、耳が痛い」
「セフィちゃん、これってまさか......」
「今日の私達の運、さいあくみたい」
咆哮が耳に届いて間もなく、俺達はワーウルフの群れに囲まれる。
数にして十匹。
運がいいのか悪いのか数は少ないが、場所が悪く逃げれる場所がない。
「ど、どうしますの?! わたくしたちでどうにかなる数じゃありませんわよ!」
「分かってる。けどどうにかしないとこのままじゃ私達、本当に家に帰れなくなっちゃう」
「い、嫌だよ。私達食べられちゃうの?」
「落ち着いてユイちゃん。あたしが守るから」
アリエッテがユイを庇うように前に立ち、背中合わせのように俺がユイの背面に立つ。今この場で戦力になるのはセフィとアリエッテ以外にいない。フランはしゃがみこんで震えているので、そちらもカバーして戦わなければならない。
(戦えるのか? 戦闘経験のない俺が......)
いや、戦うしかない。知識は学校の授業と本で得た。ならそれを実践する。それ以外に道はない。
「アリエッテ、怪我したら私に言って。傷を治すことができるから」
「うん、分かった!」
「行くよ!」
俺はアリエッテの返事を聞くより先に群れに向けて魔法を放った。
「ウォーター!」
ファイアと同じ水属性の初期魔法。水流がワーウルフ一匹に直撃し少しでも数を減らす、はずだったのだが......。
「え?」
何が起こったのか、俺が放った魔法は敵に向かうのはなく、こちらに方向転換して飛んできた。
「せ、セフィちゃん? ど、どうして魔法がこっちに......きゃあっ!」
あまりに突然の出来事に戸惑い、避ける間もなく全員が水に浸ってしまう。
「な、何で?」
「それはあたしが聞きたいよ......」
俺は確かに授業で習ったように魔法を使ったはずだ。それなのに魔法は俺達に直撃し、疲労している身体に更にダメージを......。
「あれ? 体が軽くなったような......」
負ったと思いきや、逆に疲労が取れ動きやすくなっていた。それはアリエッテ達も同様らしく、それぞれが反応を見せる。
「あ、あたしも! すごくうごきやすくなった!」
「わたくしも全く痛くありませんわよ? むしろ何かいやされているような......」
「さっきまでわたし、つ、疲れていたはずなのに......」
(もしかして攻撃魔法が治癒の魔法に変換されているのか?)
聖女の生まれ変わりなら、そんなことがあってもおかしくはないが......。
(って、今のこの状況でそんなこと分かっても意味ないじゃん!)
戦闘中だし、絶体絶命だし。
「えっと、アリエッテ、ごめん」
「な、何が?」
「わたしも役に立たないかも」