第115話魔法溢れる世界の中で⑤
ソフィと出会ったあの日の夜からは、ティルリア様の無事を祈りながらも彼女と話をするのも一つの楽しみに変わりつつあった。
ただ教会で暮らしている私と違って、孤児院にいる彼女が毎日こっそり抜け出すのは難しくて、毎日は会えないものの会えた日にはその日あった事とかを語りあった。
「お母さん、今日はちょっと嬉しい報告があるんです」
「報告......ですか?」
「は、初めまして、ティルリア様。わ、私はスイカさんと友達になりましたソフィです」
「友達ができたんですか? よかった、本当に」
ある日には私はソフィを連れてティルリア様の元へ行き、友達が出来たことを報告した。それを聞いたティルリア様は、寝たままの状態ではあったけど、涙を流しながら喜んでくれたのを覚えている。
「そうですか、スイカに友達が......」
「ティルリア様?」
「唯一の心残りが......なくなってよかったです。私がいなくなったら......スイカをひとりぼっちにしてしまうから」
「いなくなるなんて、そんなこと言わないでくださいよ、お母さん!」
「スイカ......私の話をよく聞いてください。私はもう......長くありません。貴女には教えなければならないことは沢山ありますが......それももうできません」
ティルリア様は私の身体を自分の元に寄せ、優しく頭を撫でてくれる。もうそれだけで私は涙を流し、「お母さん、お母さん」って何度も繰り返した。
「だからどうか......魔法の続きを......あの場所で......王立研究所で学んでください。貴女なら、いつかはすごい魔法使いになれますから......」
「私が魔法使いに、に?」
「ええ。聖女の私が......保証します......だからどう悲しまないで。貴女にはもう......友達もいるんですから」
「うぅっ......でもお母さんがいないと、私は......」
「大丈夫。貴女なら誰よりも強くなれる。私はそれを遠くで見守っていますから......」
その言葉と共に、頭を撫でるお母さんの手が力を抜け離れていった。
2
聖女ティルリア、私のお母さんが亡くなってから一ヶ月後。
「それじゃあ本当に、王都へ戻るんですか?」
「はい。お母さんと約束をしてしまいましたから」
私はお母さんと約束を果たすために王都へ、王立研究所へ戻ることにした。戻る手配とかは聖女教会の人がしてくれ、向こうも私が戻ることを了承してくれた。
「怖くはないんですか? あそこは厳しい場所だと聞いていますよ」
「分かってます。これでも二年間はいたんですから」
「そうですか......」
私の決意を聞いたソフィは明らかに寂しそうな声をしていた。それを聞くと私も決意が鈍りそうになる。
「私、スイカと離れ離れになるなんて嫌です!」
ついには泣き出してしまうソフィ。その声を聞いて、私の頬にも流れるものがあった。
「私も、私もソフィとお別れなんて嫌ですよ。でも」
(ソフィと出会って二ヶ月しか経っていないけど、こんなにも寂しい気持ちになるなんて......)
二年前本当のお母さんに捨てられて、絶望の中にいた私を救ってくれたのは、間違いなくティルリア様とソフィだった。もしあの日、あの場所でティルリア様に助けられていなければ、何も知らないまま行き倒れになっていたし、ソフィと出会うこともなかった。
「でも、私は魔法を学びたいんです。生まれながらに持っていなかったこの力を、私は知りたい。それがいつか誰かのためになるかは分からないですけど、それでもいつかはお母さんが教えてくれたこの魔法を、誰かに教えたい。その為に沢山勉強をしたいんです」
「スイカ......」
私達は抱き合った。まだまだ小さい私には、大きな夢かもしれないけど、この場所が私に魔法を教えてくれたように、私もいつかそういう人間になりたい。
「私の夢も聞いてくれますか?」
「ソフィの夢?」
「私はもうしばらくしたらリラーシア学院に通いたいと思います」
「リラーシア学院って、あのリラーシアですか?」
「はい。まずはそこで沢山勉強して、将来は聖女になりたいと思っています」
「聖女......でも、それって」
ティルリア様の最後を看取った身からしたら、聖女になることに悪いイメージを持ってしまう。
「心配しなくても大丈夫ですよ、これでも私は身体は丈夫な方ですから」
「そういう次元の話じゃないですよソフィ。私より早くにいなくなってしまうなんて、絶対に嫌です」
「まだ聖女になれるとも決まっていないのに、気が早すぎますよスイカは」
「ソフィ......!」
分かっている。聖女になれるのはただ一人。だから気が早すぎるのは分かっている。でもどうしてか私の中の予感は警鐘を鳴らしていた。
ソフィはいつしか本当にその夢を叶えてしまう、そんな予感が
お互いに幼いはずなのに、彼女の夢はもう今すぐにでも叶ってしまうのではないかというそんな予感が
「その夢、できれば叶えないでほしいですけど、もう遅いんですね」
「はい。スイカが決心したように私も決心してしまいましたから」
「なら次に会うときは、私は呪いを解く方法を探さないと駄目ですね」
「え?」
「夢が一つ増えてしまいました、ソフィ。いつか再会したとき私は貴女が聖女になってもならなくても、ずっと親友でいられるような魔法を研究して、それを使ってみせます」
「期待だけしています」
その夢を叶えるのは絶望的だとしても、私は確かな夢を持って王都に戻ったのだった。
ーそして時は流れ
「えぇ!? 結婚するんですか!?」
私達の再会は、予想もしていない形で叶うことになったのでした。




